日本はドイツのような分断国家になる寸前だった!? 敗戦処理内閣の苦悩『日本のいちばん長い日』
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鈴木貫太郎内閣は海軍のシンボル・戦艦大和が轟沈した1945年4月7日に成立し、終戦直後の8月17日に総辞職している。4カ月あまりの超短命内閣だったが、敗戦が色濃くなった厳しい時局の中、長引く戦争を終結させるという重大な使命を背負わされていた。海軍の退役大将だった鈴木貫太郎は77歳という高齢での総理指名だったが、昭和天皇の強い希望あってのもの。裏表のなさで知られていた鈴木貫太郎はおよそ政治家向けではなかったが、その性格ゆえに侍従長として宮内庁に7年間務めた経験があり、昭和天皇がもっとも信頼していた人物だった。発言力が強い陸軍を抑えるために鈴木貫太郎が陸軍大臣に選んだのは陸軍大将の阿南惟幾。侍従武官を4年間務め、やはり昭和天皇の信頼が厚かった。この3人が一致団結したことで、日本は無事に終戦を迎える……というほど簡単には戦争に幕を降ろすことはできなかった。
陸軍を中心に“一億玉砕”を唱える声が強く、安易に敗戦や降伏を口にすれば、鈴木貫太郎内閣はいっきに空中分解しかねない危険があった。阿南陸相は陸軍の代表であり、また次男を南方戦線で戦死させており、多くの血が流れたこの戦争を自分だけ無傷のままで終わらせることはできなかった。6月には沖縄が米軍に制圧され、7月には連合国側がポツダム宣言を発表する。それでも閣僚会議は遅々として進まない。8月に入り、米軍が広島・長崎に原爆を投下、さらにソ連も参戦。日本が分断化される危機が迫り、ようやく鈴木貫太郎総理が動いた。
原田監督版『日本のいちばん長い日』を観て感じるのは、日本ならではの主従関係、そしてシステムへの従順さに対するもどかしさだ。日本全土が焦土化してしまうかもしれない瀬戸際の段階になっても、日本の指導者たちは降伏を受け入れられずにいる。本土決戦で連合国軍に一矢報いてから、少しでも有利な条件で講和を結ぶべきだという声に鈴木貫太郎内閣は揺さぶられていた。早期終戦を望んでいた昭和天皇と厚い信頼関係で結ばれていたはずの鈴木貫太郎総理と阿南陸相だが、忠臣ゆえにポツダム宣言が求める「無条件降伏」を呑むことができない。無条件降伏すれば、天皇家を連合国側に委ねることになるからだ。昭和天皇もまた立憲君主制では天皇が政治に直接口を出すことは許されていないことを自覚しており、激しいジレンマを抱えていた。8月9日深夜、皇居内の地下壕で昭和天皇の立ち会いのもと御前会議が開かれるが、それでもまだ決着がつかない。最終的に鈴木貫太郎総理が政治タブーである、天皇みずからが判断を下す“聖断”を仰ぐ形で、15年間に及ぶ長い長い戦争は終止符を打つことが決まる。だが、さらなる波乱が皇居内で勃発する。
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