基地問題が抱える“いちばん恐ろしいもの”とは? 辺野古の実情を追うドキュメント『戦場ぬ止み』
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基地のゲート前で反対運動を続ける人たちはネット上で“プロ市民”というレッテルが貼られるが、三上監督のカメラはそんな彼らの人間くさい面も映し出す。機動隊と反対運動の人々が全面衝突する寸前で、リーダー役のヒロジさんは演説に絶妙なジョークを交え、危機をやんわり回避する。怪我をすれば抗議活動が続けられなくなるし、対立する機動隊や警備会社のスタッフもみんな同じ沖縄県人なのだ。本当の敵は彼らではない。夜になると歌や踊りが座り込みを続ける人たちを和ませる。そんな闘い方を、沖縄の人たちは70年間ずっと続けてきた。
伊藤英明主が主演した『海猿』シリーズですっかり有名になった海上保安庁だが、大浦湾で抗議活動する船やカヌーには非常に厳しく接する。映画界のヒーローである“海猿”のもうひとつのコワモテな一面も伝える。また戦後日本の復興を裏社会から描いた『仁義なき戦い』(73)をはじめとする数々の名作に出演した映画界のスターである菅原文太さんにとって、『戦場ぬ止み』は元気な姿を見せた最期の映画にもなっている。県知事選前の沖縄を訪問した文太さんは、「沖縄の風土も日本の風土も、海も山も空気も川もすべては国のものではありません。そこに住んでいる人たちのものです」という名スピーチを残している。翁長知事の当選を見届けてから、文太さんは息を引き取った。映画繋がりで、もうひとつエピソードを。三上監督は琉球朝日放送に入社する前、毎日放送時代に深夜番組『シネマチップス』に出演していた。『シネマチップス』は新作映画を女性アナウンサーたちが自由に評する、関西の人気番組だった。だが、作家の椎名誠が自分の監督作を酷評されたことに怒り、毎日放送に謝罪を要求するという騒ぎが起きた。「すごく勉強になりました。あの一件があったから、もっと明快な形で物づくりをやりたいと思うようになったんです。私にとっての物づくりがドキュメンタリーだったんです。いい機会を与えてくれてありがとうと、今なら言えますね」と三上監督は笑い飛ばす。
『標的の村』と同じように、『戦場ぬ止み』でも辺野古への基地移転を容認した前沖縄県知事や建設を指示する現職の閣僚たちにコメントを求めることを三上監督はあえてしていない。数年すれば顔が変わり、本音で話すことのない人たちを取材してもあまり意味はないからだ。辺野古はダメ、普天間もダメ。では、基地移転問題はどうすればいいのかという具体的な回答も用意はされていない。その代わり、沖縄の基地問題を曖昧模糊なものにしている、恐ろしいものの正体に『戦場ぬ止み』を観た人たちは気づくはずだ。オスプレイも米兵も、平気で噓を付く政治家も、近隣国との軋轢も怖い。でも、いちばん恐ろしいのは、沖縄で起きていることを「自分には関係のないこと」「基地問題はよく分からない」と無関心でいることなのだ。日本中を無関心というモヤが覆っている限り、沖縄の戦争はいつまでも終わりを迎えない。
(文=長野辰次)
『戦場ぬ止み』
プロデューサー/橋本佳子、木下繁貴 監督/三上智恵 音楽/小室等 ナレーション/Cocco 製作/DOCUMENTARY JAPAN、東風、三上智恵
配給/東風 7月18日(土)より東京・ポレポレ東中野、大阪・第七藝術劇場ほか全国順次公開
(c)2015『戦場ぬ止み』製作委員会
http://ikusaba.com/
※米国人監督ジャン・ユンカーマンによるドキュメンタリー映画『沖縄 うりずんの雨』も全国各地で順次公開中(神保町・岩波ホールは7月31日まで)。『映画 日本国憲法』(05)で憲法第九条の重みを説いたユンカーマン監督が、第二次世界大戦末期の沖縄で行なわれた地上戦の実態を、米軍の資料映像や地上戦を生き残った人々の証言で解き明かしている。また、戦後の米軍沖縄基地に配属された米兵たちはレイプ事件を起こしても、ほとんど処罰を受けていないなどの治外法権問題に関しても追跡取材している。
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