ウワサの女性AV監督、山本わかめが『AV OPEN 2015』に自信!「イケると思います」
#アダルト #SOD
──撮影の頻度は1カ月で何本くらいあったんですか?
山本 ADのときは月にそういう作り込みまで担当するロケが3~4回入るんですけど、当日になって「急遽行ってくれ」なんていう現場もあって、結局5~6本かな。
──やっぱり監督のしごきにあうこともあったんですか?
山本 そうですね~(笑)。でも、監督にもよりますね。怒る監督もいれば怒らない監督もいますし。例えば野本(義明)監督なんかは、わりと何があっても怒らないタイプでした。怒られるといっても、ADが必要なものを揃えていなかったりとか、結局私が悪かった場合ですよ。
──ADを3年間。厳しい現場環境でよくもちましたね。
山本 一番つらかったのは、やっぱり1年目。でも2年目からは後輩も入ってくるんで、ちょっとマシになったりしました。ずっと監督に合わせていたスケジュールも、ちょっとだけ自分の都合のいいように変えれるようになって、この日は休もうとか(笑)。
──ADを経験して、その後監督に?
山本 ADがつらくて、早く監督になりたいと思っていたんです。私自身ができるADか、できないADかといったら、完全にできないADの方だったんで。あと、監督を見ていると、いいなって。現場が楽しいだろうなって。私はADをやっているころは現場を楽しいと思ったことがなかったんです。最初の頃はエロもよくわかっていなかったんで(笑)、そんな中でも野本さんの現場が楽しかったのは、女の子をかわいく撮るとか、野本さんの言っているポイントが正しく理解できたからです。他の現場は何がいいのか、いまいち共感できていない場合も多かったです。同期の男の子なんかは、みんな楽しいって言っていましたけどね。私は早くADを卒業して監督になりたいと思っていました。
──出世としては早い方なんですか?
山本 私は1年目の11月に初めて作品を撮らせてもらったんです。それが今SODにある「アマチュアインディーズ」っていうレーベルができるきっかけにもなった作品だったんですけど。ちょうど私の世代から、一年目でも社長の高橋がなりさんに企画を持っていくような機会をもらえるようになりまして、そこで私と同期の何人かと、まだ一年目だけど、「これ、撮っていいよ」って声をかけてもらったんです。それをどこで売り出そうってなったときに、通常のラインアップに入れるのは不安だからって「アマチュアインディーズ」が立ち上がったんです。そこを若手の教育の場にしようって。レーベルのおかげで、本当に運良く1年目から監督をできました。
――それまで映像の経験はあったんですか? 自主映画を作っていたとか?
山本 ないですね。
――いきなりできるものなんですか?
山本 やっぱりカメラワークなんかは今でもひどんですけど、でも最初は野本監督はじめ、ベテランの監督の方に完全バックアップしてもらって撮りました。それが「素人男子をトイレで逆レイプ…したら逆に感謝されちゃいました!」っていう作品です(笑)。
――山本さんの作品は、男性を襲うような内容のものが多いんですが、男性への逆レイプにもともと興味があったんですか?
山本 性的に自分がドSかといったら、そんなことはないんですけど、ただやっぱり、ADを始めたころから、イケメンというか、見た目がある程度いい男の子が、恥ずかしがったり困ったりしているけどアソコは固くなっているというのを撮りたいという願望が芽生えていましたね。あと、電車とか乗っていて、高校生のかわいい男の子なんかを見ていると、逆痴漢とか、いいなって(笑)。
――そういう願望って一般の女性もあるものなのですか?
山本 ない子はまったくないと思います。でも女優さんに話すとわかってくれる子はいましたよ。たぶん密かに持っていると思うんです。イケメンにどうこうされたいというのもあると思いますけど、イケメンをどうこうしたいというのも、女性の心の中にあるんだと思います。
――監督としてはその後8本も作品を撮っていらっしゃいます。
山本 「アマチュアインディーズ」で、なんだかんだ8本も撮っていました。みんな本当は3本っていうルールで、そこで監督に向いていなければ、じゃあ、プロデューサーが向いているのかとか適正をみるためのレーベルでもあるんです。ただ、その適正を見ようって方針になったのはわりと最近で、それまでは「アマチュアインディーズ」で、若手にとりあえずたくさん撮らせようっていう社内の空気があったんです。その時は撮れる若手もあんまりいなくて、でも毎月企画を1本は出さないといけなくて、自分はなんだかんだ8本も撮っちゃったんです。
――素質があったんですね。
山本 運があっただけだと思います。
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