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日刊サイゾー トップ > 連載・コラム >  パンドラ映画館  > 葛飾北斎親子を描く『百日紅』
深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.321

葛飾北斎親子は江戸のゴーストバスターズだった!? 杉浦日向子が愛した世界『百日紅 Miss HOKUSAI』

sarusuberi02.jpg93回も引っ越しを繰り返した北斎の住居兼アトリエ。画狂親子の頭には、自炊や掃除といった言葉は存在しなかった。

 江戸時代の売れっ子浮世絵師は、今でいえば宮崎駿か庵野秀明みたいな人気アニメーション監督か。北斎は春画の名手でもあったから、AV監督でもあったといえる。「蛸と海女」は“触手系”のルーツだろう。「富嶽三十六景」をはじめとする風景画も多く残しているから、地道な取材を厭わないフォトジャーナリストでもあった。研ぎ澄まされたセンサーを持つ北斎とそのアシスタントであるお栄は、江戸市中で起きる怪異に次々と遭遇することになる。表現者としての好奇心と業が、どうしようもなく不思議なものを引き寄せてしまうのだ。遊郭・吉原ではろくろ首の花魁と接見し、またお栄が描いた地獄絵があまりにリアルなことから現実世界にまで鬼が火車を引いてやって来る。江戸時代は今よりも夜の闇がもっと濃く、魑魅魍魎たちが跋扈していた。人々も物の怪の存在を信じていたから、彼らはより生き生きとしていた。江戸時代は身分制度が確立されていたが、庶民たちはお金では手に入らない粋を愛し、生活の中にファンタジーが息づいていた時代でもあった。

 原作にもある「龍」のエピソードが秀逸だ。例によって北斎の代筆でお栄は龍を描くことになる。締め切りはあと1日。テクニックは充分にあるお栄だが、幻の神獣を描くとなるとさすがに身構える。酔っぱらった善次郎が連れてきた若き天才絵師・歌川国直(声:高良健吾)がお栄に助言する。

「龍にはコツがありやす。筆先でかき回しちゃ弱る。頭で練っても萎えちまう。コウただ待って、降りて来るのを待つんでさ。来たところを一気に筆で押さえ込んじまう」

 この国直の台詞は龍の描き方というよりは、形のないフィクションをどうやって自分のものとして体得するかという“創作の極意”みたいなものだろう。その夜、男たちを長屋から追い出して筆を握ったお栄は、雷雲の中から身体を覗かせた巨大な龍と接近遭遇することになる。ただ絵を描くことが大好きだったお栄が、日常の向こう側に潜む“何か”に触れた瞬間だった。

 原監督は杉浦作品の大ファンで、アニメーターとして多大な影響を受けたという。『河童のクゥと夏休み』(07)でクゥが龍と遭遇するシーンは、それこそ『百日紅』の「龍」のエピソードからインスパイアされたものだ。『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』(02)には白木蓮の花が散る印象的なシーンがあるが、これも『百日紅』の影響とのこと。お栄が妹のお猶を連れて舟遊びを楽しむシーンは原作にはないが、杉浦さんは豊島園のウォータースライダーがお気に入りだったというおきゃんな一面を思い出させる。同じく姉妹で雪見に出掛けるシーンは、“東京という現象は人々の想念のカタマリだ”と主人公に語らせる『YASUJI東京』のオマージュか。椎名林檎の「最果てが見たい」が主題歌として流れるが、これも杉浦さんのロック好き、椎名林檎ファンだったことを汲み取ってのもの。「杉浦さんの原作は完璧。僕は杉浦さんのいい道具になることを心掛けた」と原監督は語る。

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