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日刊サイゾー トップ > 連載・コラム  > 横浜名物「帽子おじさん」を直撃
珍バカライター・北村ヂンの【突撃取材野郎!】vol.22

横浜名物“帽子おじさん”のヤバすぎる過去にギョーテン!

「いじめるほうは面白いだろうけど、いじめられるほうとしては本当にツラかった。だから、早く大人になって仕事をしたいと思ってたね。勉強もできなかったし、社会に出て自由になりたかったんだよ。それで中学を出たんだけど、まだ15歳だから何をしたらいいかわからなくて、最初はイヤイヤ親父がやっていた行商の仕事を手伝ってたんだけどね。それから17~8の頃、名古屋に出て行って……やっぱり若い頃ってバーテンとかが格好いいと思うでしょ? それでバーで働くことになったんだけど、なぜかボーイをやらされて」

――バーテンじゃないじゃないですか。

「最初っからボーイをやらせるつもりだったのかなあ~? まあ当時は水商売やってる連中なんて、まともな人はいないわけよ。住み込みだったんだけど、布団がカビてるようなひどい部屋で……。すぐ辞めて『人生は、なんて厳しいんだ!』って思ったね」

――いきなり挫折しましたね!

「それで、今度は自衛隊でも入ろうかって、京都の宇治駐屯地に入って訓練を受けたんだよ。体は細かったけど、それなりに体力はあったから、鉄砲の撃ち方とか、ほふく前進とかはついていけたんだけど、勉強が苦手でね……。ヤードやらフィートやら山の中で自分の居場所が確認できるかとか……いくら訓練を頑張っても、試験に受からないといつまでたっても二等兵なんだよ。それでイヤになって辞めちゃって」

――挫折しますねぇ~。……それからどうしたんですか?

「実家に帰って、しばらくブラブラしていたんだけど“やっぱり仕事ないしなー”って、また自衛隊に入ろうかって思ったんだけど、入隊試験に学科があるから自信がなくて……」

――えっ、一回受けた試験なんですよね?

「それでも自信なかったからさぁ~。弟を隣に座らせてカンニングしながら受験して、なんとか合格したんだけど、25歳の年齢制限に引っかかって入れなかったんだよね」

――それ、受ける段階でわからなかったんですかね?

「数字弱いのに、わかるはずがないよ! それから大阪の西成に行って、日雇い仕事をやってブラブラしてたんだよね。当時は景気もよかったから、仕事がいっぱいあったんだ。一日働いたら疲れちゃうんだけど、日雇いだから次の日休んでも構わないし。あの頃、一日働けば8,000円くらいもらえて、西成のドヤは1泊550円とかだったから、たまに働くだけで全然生活できるんだよ。そんな自堕落な生活をしているうちに、競艇を覚えて……。西成から住之江に行ったり、尼崎に行ったり、琵琶湖に行ったり、グルグル回ってたね」

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