麻薬王が賛美されるメキシコ無法地帯の叙事詩! 『皆殺しのバラッド』に見る麻薬カルチャーの現実
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“バイオレンスの詩人”と謳われたサム・ペキンパー監督は、西部劇『ワイルドバンチ』(69)でメキシコをならず者たちの天国として描いたが、現在のメキシコが『ワイルドバンチ』そのままの世界であることに言葉を失う。メキシコ麻薬戦争は、2006年に前カルデロン政権が麻薬組織の撲滅を打ち出したことから始まった。麻薬組織は膨大な資金を元手に軍隊並みの武装集団と化し、カルデロン政権6年間の死亡者数は12万人にも及ぶとされる。政権が変わった今も事件数はなかなか減らない。メキシコの麻薬組織がせっせと麻薬を米国に密輸している背景には、メキシコが領土の三分の一を失った米墨戦争(1846~1848)での恨みがあるとも言われている。麻薬を米国に垂れ流すことで、米国社会に報復しているということらしい。麻薬で儲けたギャングたちは義賊的な人気を得て、ますます彼らに憧れる若者が増えていく。若い女の子たちは、彼氏にするならギャングがいいと口を揃える。
さらに不思議な光景を、シュワルツ監督のカメラは映し出す。メキシコはカトリック信者が多かったが、政府同様に従来の宗教では当てにならないと新しい信仰が広まりつつある。ガイコツ姿の聖母サンタ・ムエルテを崇拝する信仰はここ10年でずいぶんと広まった。ムエルテ信仰には諸説あるが、16世紀のスペイン征服以降に先住民の死神信仰とカトリック聖人とが融合した民間信仰だと言われている。また、麻薬王たちの墓場もかなり独特だ。デコトラ、デコ電ならぬ、デコ墓である。ひとつひとつの墓はそれぞれ小さな宮殿のよう。庭園墓地を俯瞰してみると、まるでディズニーランドみたい。札束と女を好きなだけ抱いて、かっこよく生き、派手に散る。明るい墓地で、死後の世界も愉快に過ごす。メキシコ人の死生観にもナルコ・カルチャーは影響を与えている。
どうすればメキシコ麻薬戦争を終わらせることができるのか? 主な輸出先である米国でマリファナを合法化することで、麻薬組織の資金源を減らそうという案がある。メキシコの惨状を見てきたシュワルツ監督もこの案を支持する。
「マリファナを合法化することはリスクも伴うが、闇マーケットを小さくする効果があることは確か。それともうひとつ、個人的に考えているのはメキシコだけでなく米国の銃社会も見直すべきだということ。メキシコでギャングたちが使っている銃と弾丸は、(麻薬の代償として)アメリカから流れているものだからだ。メキシコ麻薬戦争なんて呼ばれているけど、そうじゃない。正しくはアメリカ・メキシコ麻薬戦争なんだ」
『皆殺しのバラッド』を公開したことで、メキシコに再び足を踏み入れることは容易ではない。シュワルツ監督はそう語った。メキシコから米国に流れた麻薬が、銃器になってメキシコに戻ってくる。さらに強大化した麻薬組織は、ますます大量の麻薬を米国に送り込む。メキシコと米国は果てしなく続く、合わせ鏡の関係にある。
(文=長野辰次)
『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』
監督・撮影/シャウル・シュワルツ 製作/ジェイ・ヴァン・ホーイ、ラース・クヌードセン、トッド・ハゴビアン 編集/ブライアン・チャン、ジョイ・アーサー・スターレンバーグ 音楽/ジェレミー・ターナー
配給/ダゲレオ ※非常に暴力的な内容を含むため、15歳未満の入場は不可 4月11日(土)より渋谷シアター・イメージ・フォーラムほか全国順次ロードショー (c)2013 by Narco Cultura,LLC
http://www.imageforum.co.jp/narco
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