東日本大震災から4年「観光バスツアー」で、岩手県の“被災地”釜石市・大槌町を歩いた
#東日本大震災
東日本大震災から4年。時間がたつにつれ、大きな動きでもない限り、被災地の現状はあまり伝えられなくなっている。こと日刊サイゾーでもそれは同じで、震災発生当時は、積極的に現地の声を報じていたが、少しずつその数は減り、最近ではゼロに等しい。決して、震災や被災地を忘れたわけではない。だが、時間がたてばたつほど、どのように向き合ったらいいのかわからなくなっていた。そんな折、「被災地応援バスツアー」なる広告が目に飛び込んできた。ありのままの被災地の現状を知るべく、現地へと向かった。
今回参加したのは、「いわて三陸観光バスツアー 遠野・釜石・大槌号」。朝9時45分、JR花巻駅を出発し、柳田国男の民話で有名な遠野市を通り、釜石市鵜住居地区、旧大槌町役場庁舎、ひょっこりひょうたん島のモデルとして知られる蓬莱島、福幸きらり商店街をめぐる1日がかりのコースだ。
このツアーは、2012年4~6月の3カ月間、JRが行った「いわてDC(デスティネーションキャンペーン)」がきっかけで始まったもの。今回のコースのほか、岩手県内では陸前高田・大船渡をめぐるコース、浄土ヶ浜・田老・龍泉洞をめぐるコースなどがある。
警察庁の発表によると、今年2月末の時点で岩手県の死者は4,673人、行方不明者は1,129人に上る。応急仮設住宅および、みなし仮設住宅数は1万2,485戸(岩手県調べ)。入居者は当初から2割程度減ったといい、昨年からは公営住宅の販売も始まったが、その数はまだ十分ではなく、また仮設にいたほうがさまざまな補助金が出ることから、「不便でも生活の基盤ができるまでは出たくない」という人も少なくないようだ。当初は2年とされていた入居期間が5年まで延長されたことからも、住宅整備が思うように進んでいないことがうかがえる。
釜石駅からは、“震災語り部”と呼ばれるボランティアガイドの川崎孝生さん(74)が乗り込み、震災直後や現在の町の様子を説明してくれる。釜石駅周辺には最近、2軒のホテルがオープンしたが、いま最も必要とされているもののひとつが宿泊施設だという。工事業者はもちろんだが、家を流され、ふるさとに帰りたくても帰ってこられないという事情を抱えた人の需要が高いのだ。また、3月中旬にオープンしたイオンタウン釜石は、市民に重宝されているという。市街地の店は流され、震災後は内陸まで買い物に行かなければならず、大きな負担となっていたが、特にユニクロの出店は喜ばれているようだ。
釜石市のボランティアガイドは全部で20人ほど。会社勤めをしている人もいるため、実際は10人ほどで交代で担当しているという。川崎さんは震災前からこの仕事に携わり、今年で5年目の大ベテラン。震災前は月1~2回だったが、このツアーが開始されてから忙しい毎日を送っているという。
震災当日、川崎さんは、翌日に行われる予定だった姪の結婚式に参列するため、車で気仙沼に向かっていた。
「初めは道路がグニャッと揺れて、運転している甥っ子がふざけたのかと思ったら、『おじさん、違うよ。地震だよ!』って。急いで車を止めたけど、あたりは大渋滞でどうにもできない。なんとか高台を見つけてそこに避難して海を見ると、海草が見えるほど引き潮になっていた。“これはやばいぞ”と思っていたら、案の定、津波がやって来た。あと5分遅かったら、どうなっていたか……」(川崎さん)
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