中村淳彦『ルポ 中年童貞』が描く、社会問題としての“中年童貞”とは
#本
現在、30代以上未婚男性の4人に1人が性交渉未体験、つまり、童貞だといわれている。この20年間、増え続ける存在に何かを感じ取ったノンフィクションライターの中村淳彦氏は、最近、『ルポ 中年童貞』(幻冬舎新書)を上梓した。中年童貞たちの実態が克明に描かれた本書。中年童貞の増加は何を意味するのか?
――中村さんがこの本を書こうと思ったきっかけは何ですか?
中村 7年前、2008年に文筆業を辞めて介護の仕事を始めました。出版不況で自分の役割は終わったかなと思ったのと、『名前のない女たち最終章』(宝島社)という著書の取材で“死にたい”という女の子が続々現れて嫌になって、残りの20年くらいを介護業界で平穏に生きるつもりだったんです。しかし、その介護がとんでもない世界だった。頭がおかしくなりそうなくらい、いろいろあり、大変でした。多くの介護職員は、一般的には“優しい温かい人”とイメージされるかもしれませんが、実際は、経済的貧困と関係性の貧困を抱えている人が多く、毎日、必ず何かトラブルが起こっていました。
――介護は、一般的には社会性が強い職種に聞こえるので意外です。
中村 ライターとして社会の底辺を見続けてきた自負のあった僕も、見たことのない地獄のようなところでした。ようやく昨年末に廃業までたどり着いて距離を取れましたが、思い出しただけで気分が悪くなります。数年前は、なんとか成り立たせなきゃならないと思い“どうしてこんなトラブルばかり起こるのか?”と、考え続けていました。トラブルをひもといていくと、その多くに、社会的に成功体験がなくて、人手不足の産業を転々としている中年男性が関わっていたんです。
――彼らが中年童貞だったと。
中村 介護現場で、彼らとは四六時中に一緒に働いています。雑談の中で、セックス経験の有無を訊ねたりもします。僕が関わった中年男性は数人ですが、全員が「(セックス経験、風俗経験が)ない」と答えていました。介護業界に童貞の中年男性が著しく多いのはおかしいし、彼らがトラブルの引き金になっているのを、もっとひもといて考えるべきだと思うようになったんです。そこから、今「中年童貞」が大変なことになっているのではないかと気付いたんです。ライターとしてのネタではなくて、自社の存続や、もっと大きく介護という社会保障を崩壊させないため、というのが本音です。
――ですが、童貞だからといって、みながトラブルを起こすわけではないですよね?
中村 もちろんそうです。幻冬舎plusで連載しているころから、それは偏見じゃないかと言われていました。しかし、最初の「おかしい」と感じた出発点は間違いなくそこですし、介護現場がトラブルまみれなのはうちだけじゃないと気付いて、無視できないと思った。これから超高齢化社会を迎える日本は、団塊の世代が後期高齢者に突入する“2025年問題”を抱えています。このままでは絶望的です。自分なりの危機感でした。
――中年童貞の人たちを取材するに当たって、苦労した点はありますか?
中村 中年童貞は全国800万人と、膨大な人数はいるけど、話してくれる人を見つけるのは大変。自意識が高くて、逃げてごまかし続けている人たちが多いので、コミュニケーションが取りづらい。今回の取材で辛うじて会話ができたのは、高学歴系の中年童貞の方たち。彼らは、自分がズレているという自覚があるから、取材を了承してくれて自分のことを話してくれました。
――中村さんは、『名前のない女たち』シリーズで企画AV女優たちの取材も続けています。彼女たちと比べても、中年童貞の方がより大変だったとおっしゃていましたね。
中村 00年代の企画AV女優たちは心を病んでいたり、壮絶な幼少時代を送っていたり、貧しかったりする女の子が多かった。話を聞くたびに疲弊したけど、彼女たちはなんとか自分の力で生きようとしていた。でも中年童貞の人たちは、自己正当化するばかり。途中から、彼らはどうすればいいのかを考え続けたけど、やっぱりどうにもならない。
――中年童貞は社会問題であると。
中村 個人の自由恋愛が認められて、見合い結婚がなくなるのは、膨大な敗者が生まれるってことですよ。恋愛も結婚も格差はどんどん激しくなって、誰も手助けはしてくれない。敗者は排除されるだけ。厳しい現実です。昔に戻ることは不可能だけど、それでも、地域とか親が無理やり結婚させて、妻と子どものためには働かなきゃいけないとか、そっちの方がよかったのかもしれないとも思いました。
サイゾー人気記事ランキングすべて見る
イチオシ記事