イーストウッド監督が描く“イスラム国”誕生前夜 悪魔と呼ばれた男の正体『アメリカン・スナイパー』
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現代のアメリカは、当然ながらイーストウッドがかつて映画の中でタフなガンマンを演じたような西部劇の時代ではない。大人になったクリス(ブラッドリー・クーパー)はカウボーイになる夢を諦め、海軍に入隊した。厳しい特訓に耐え、晴れて世界最強の特殊部隊ネイビー・シールズの一員となる。2001年9月11日、NYのワールドトレードセンターが同時多発テロによって崩壊する瞬間をニュース映像で見たクリスは、恋人タヤ(シエナ・ミラー)との新婚生活もそこそこに戦場へと向かう。大量破壊兵器を隠し持つ“悪の枢軸国”イラクをやっつけるためだ。西部開拓期に生まれそびれた男にとって、中東の未知なる国での戦闘は働きがいのある任務だった。建物の屋上に潜んだクリスはスナイパーライフルで、米軍に敵対する反米武装勢力を公式で160人、非公式で255人射殺した。米軍史上最多記録だった。クリスは戦友たちからは“伝説”と賞讃され、イラクでは“悪魔”と恐れられた。そして、クリスは自分が戦場で2つのニックネームで呼ばれていることに誇りを感じていた。
クリスの父親が語った「羊を守る番犬になれ」という教えは、子どもを教育する上では間違ってはいない。だが、複眼的な視野を持つ『アメリカン・スナイパー』には“合わせ鏡”的なもう一匹の番犬が登場する。米軍史上最強の狙撃手となったクリスと戦場で対峙する、反米勢力側の狙撃手ムスタファ(サミー・シーク)だ。ムスタファは五輪の射撃選手として活躍したが、祖国存亡の危機に反米勢力に身を投じた。イラク人である彼からしてみれば、米国のほうが「大量破壊兵器を隠し持っている」と言いがかりをつけて攻め込んできた邪悪な狼だった。ムスタファこそが同胞たちを米軍から守る番犬なのだ。クリスとムスタファ。空爆で廃墟化した市街地で、2匹の番犬同士がライフルスコープごしにキバを剥き合う。お互いに豆粒大にしか見えない間合いで、相手の喉笛に噛み付き合う。
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