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日刊サイゾー トップ > エンタメ  > シャ乱Qに人生を狂わされた歌手

シャ乱Q・はたけに人生を狂わされた“不運すぎる”平家みちよの「呪われた17年間」

41xsHrZGUpL.jpg「GET」(ダブリューイーエー・ジャパン)

 1月4日放送の『いまハピちゃん!~いまイマイチだけどハッピーな人たち~』(フジテレビ系)に歌手の平家みちよが出演。初告白した“不運すぎる人生”が話題を呼んでいる。

 平家は1997年に『ASAYAN』(テレビ東京系)で行われた「シャ乱Q女性ロックボーカリストオーディション」で、応募総数9,900人の中からグランプリを獲得し、芸能界入り。

「番組では、つんくが安倍なつみを推していたが、はたけのゴリ推しで平家に決まりました。気が乗らなかったつんくは平家をはたけに押し付け、自分は安倍の復活企画を立ち上げました」(テレビ関係者)

 最初の不運は「しばらくはテレビに映さないようにする」という、期待感を煽る戦略だった。平家が封印されている間に、番組は「モーニング娘。が5日間でCD5万枚売ればデビュー」という企画をスタート。涙を流しながら5万枚売り切った姿に、日本中が熱狂した。

 その間も露出が一切ないまま、それでも平家は武道館に1万人を集め、デビュー曲「GET」を披露する。だが、ほぼ同じタイミングでモー娘。もデビューするという、次の不運が……。

「PVの撮影に備えすぎるあまり、24時間のど飴をなめ続けるという生活をしていた平家は、急性胃腸炎で緊急入院。退院1週間後に撮影されたPVでは、別人のように痩せこけた姿になっていた」(芸能記者)

 そのせいか、デビュー曲はオリコン24位。6位だったモー娘。にあっさり抜かれ、以降、その差は開く一方。5年間にわたる活動のほとんどを、「モー娘。のおまけ」というポジションで過ごすことに。

「(モー娘。と一緒にやる)ライブでは、私が歌うとみんな座ったり、トイレに行ったり。握手会では飛ばされる。あれは精神的にキツかった」(平家)

 その後、シンガーソングライターとして活動すべく、2002年にハロプロを卒業した平家は、芸名を「みちよ」に変える。だが、そこからの人生は、さらに呪われていた。

「3枚目のアルバムが完成間近になって、3~4カ月だけ世話になっていた事務所の社長が失踪。会社の資金は消え、音楽仲間も離散、アルバムの制作費を、平家が貯金を切り崩して背負った。住む家もなくなって廃人状態になり、親に連れられて帰ったそうです」(前出・芸能記者)

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