自分が愛した女は一体何者だったのか? フィンチャー作品の主題が詰まった『ゴーン・ガール』
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前半はエイミー失踪事件の真相をめぐる緊張感溢れるサスペンスとして展開するが、後半からは「えっ~?」と驚く予想外のストーリーが待ち受けている。ドラマ展開が思いっきり転調していく。でも、ネタバレになるので、『ゴーン・ガール』のあらすじはここまで。代わりに関連作として、夫婦間に横たわる謎をテーマにした別の作品を挙げてみよう。
赤の他人である男と女が夫婦として一緒に暮らすことの奇妙さを描いた作品はロマン・ポランスキー監督の『ローズマリーの赤ちゃん』(68)、ガス・ヴァン・サント監督の『誘う女』(95)など少なくないが、観る人によって大きく異なる印象を与えるのがパトリス・ルコント監督の『髪結いの亭主』(90)だ。子どもの頃から「理髪師を妻にする」ことを願っていた主人公アントワーヌ(ジャン・ロシュフォール)はその夢が叶い、理髪店を営む美女マチルド(アンナ・ガリエナ)と結婚する。美しい妻がいれば、後は何もいらなかった。アントワーヌは浮気の類いはいっさいせず、マチルドが客の髭を剃る姿をうっとり眺め、店が終わるとマチルダを抱いた。2人にとって最高に幸せな日々が続いた。だが、ある嵐の晩、マチルドは「買い物してくる」といって出掛け、そのまま帰ってこなかった。やがて、増水した川からマチルドの溺死体が見つかる。
“髪結いの亭主”とは妻に働かせ、ヒモ状態の生活を送る夫のこと。口にはせずとも、多くの男が密かに憧れる職業である。『髪結いの亭主』は男性にしてみれば、とてもファンタジックな世界なのだ。公開時に『髪結いの亭主』を観たときは、美しい妻マチルドは夫から愛されすぎ、もうこれ以上は幸せになれないことを悟って川に身を投げたのだと思っていた。夫には美しい思い出の中の自分を愛し続けてほしいと願いながら姿を消したのだと。公開から時間が経過した今では、違う見方もできるようになった。マチルドは「体のラインが崩れるから」という夫の要望で、子どもを産む機会が与えられなかった。また、夫もマチルドも友達と遊びに出掛けることも、酒や煙草を嗜むこともなかった。男から観ればマチルドは理想の妻、完璧すぎる女である。でも、その役割を24時間×365日にわたって演じなくてはならないマチルドは堪らない。夫が愛しているのは“髪結いの女房”というフィクショナリーな存在であって、生身のマチルドではなかったのだ。耐えられなくなったマチルドは、川に身を投じるしか逃げ場がなかった。男から観ればファンタジーである『髪結いの亭主』だが、女性の立場から観れば妻の都合のいい部分しか知ろうとしない偏狭な夫への復讐劇でもあったのだ。
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