平常時とは、まるで異なる倫理観と時間の流れ──ブラピ主演映画『フューリー』の硬質なる魅力
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『マネーボール』(11)や『ワールド・ウォーZ』(13)で新しい時代のリーダー像を演じてきたブラッド・ピットが、今回はフューリー号に搭乗する5人の男たちの“家長”役を渋く演じる。ドンは鬼軍曹として徹底した厳しい顔を持つが、それは部下たちを無事に本国へ帰すための必然に迫られてのことだ。ドイツ武装SS部隊との市街戦を制したドンたちは束の間の休息をとることに。ノーマンを連れたドンがアパートのドアを開けると、そこには民間人である未亡人イルマ(アナマリア・マリンカ)とその従姉妹エマ(アリシア・フォン・リットベルク)が潜んでいた。最初は怯えていたイルマたちだったが、ドンが民間人には優しいジェントルマンであることを察し、有り合わせの食材でドンとノーマンをもてなす。言葉は通じないものの、若く美しいエマにノーマンは心を惹かれる。戦場で花開く、はかない恋愛感情。1時間後の命さえわからないノーマンは、エマをベッドに押し倒す。それに応えるエマ。あわただしく脱童貞&脱ヴァージンを果たす若者たち。身も心も大人になっていくノーマンを、我が子のように見守るドンの眼差しがそこにはあった。激しい戦闘描写が売りである本作だが、ノーマンの童貞卒業シーンがとても胸に染みる。
ほんのひと時のラブロマンスの後、フューリー号の5人はもっとも過酷な時間を迎える。ドイツ軍が誇る重戦車ティガーとの交戦だ。ティガーI型は88ミリ砲と100ミリのブ厚い装甲を備え、量産型であるMA中A3シャーマンの76ミリ砲と64ミリ装甲を大きく上回る戦闘力を有している。『機動戦士ガンダム』で言うなら、ジオン軍の切り札ビグ・ザムに連邦軍の量産型モビルスーツのジムが立ち向かうようなもの。ティガーとの死闘、さらにはドイツの精鋭部隊300名との肉弾戦が待ち受ける。その日の午前中に配属されたノーマンだったが、夕刻にはすでにフューリー号に欠かせない一員となっていた。平時の若者が肉体の成長とシンクロさせながら青春を謳歌するのに対し、ノーマンはわずか数時間で青春時代を終え、キャタピラーの地響き音に合わせて殺人マシンへと変貌を遂げていく。
本作のデヴィッド・エアー監督は『トレーニングデイ』(01)や『S.W.A.T.』(03)の脚本家として知られ、POVスタイルで撮った監督作『エンド・オブ・ウォッチ』(12)が高い評価を得た。今回はPOVスタイルではないものの、戦場に初めて配属された新兵の目線を通し、最初の1日の出来事を狭い戦車内を中心に描くことで、POVスタイルと同様の臨場感たっぷりな戦場映画に仕上げている。エアー監督自身が手掛けた脚本も、実にシンプルで効果的だ。ドンをはじめとするフューリー号の搭乗員たちが軍隊入りする前の回想シーンの類いはいっさいなし。時間はまったく迷うことなく、過去から現在へと一方的に流れていく。砲弾で吹き飛ばされた者には確実に死が訪れ、もう二度と目を開けることはない。少しでも長生きしたい者は五感を研ぎ澄まし、一瞬一瞬の判断を的確に下しながら生きていくしかない。戦場で過去をセンチメンタルに振り返る余裕はいっさいない。
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