トキワ荘とは異なる、もうひとつの“まんが道”! 劇画を考案した辰巳ヨシヒロの自伝『TATSUMI』
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辰巳ヨシヒロの短編集を読んで衝撃を受けたというエリック監督は、2008年に単行本化された『劇画漂流』を縦軸に、辰巳が1970年代に発表した5つの傑作短編を織り込みながら、96分の実録アニメーションに仕上げた。“神様”手塚治虫との震えるような出会い、弟・ヨシヒロに多大な影響を与えた兄・桜井昌一との愛憎劇、伝説のカルト誌『影』で腕を競い合ったさいとう・たかを、松本正彦との合宿生活……。それらの実話エピソードと5つの短編が絡み合うことで、それまで子ども向きとされていた漫画を大人の鑑賞に耐えうる劇画へと押し上げていった辰巳の苦渋多き道のりが浮かび上がる。
辰巳の迫力ある画風をそのまま生かしたシンプルなアニメーションが味わい深い。日本の高度成長期の雰囲気がうまく再現されている。5つの短編の中で辰巳の心情がより色濃く投影されているのは、後半に登場する「はいってます/OCCUPIED」だろう。子ども向きの作品をうまく描くことができず、連載打ち切りを出版社から言い渡される漫画家が主人公だ。連日の徹夜で体調を崩していた彼は、公衆トイレに駆け込み、胃の中で消化できずにいたものを嘔吐する。ふと顔を上げると、トイレの個室の壁は猥雑ならくがきで埋め尽くされていた。そこは誰にも知られずにこっそりと、でも描かずにはいられないという初期衝動がブチまけられた名もなき者たちのギャラリーだった。自分を見失っていた漫画家はエロらくがきの数々に魅了されていることに気づく。その個室では名もなき者たちの叫び声が聞こえてくる。その中には、漫画家になる夢が叶わなかった者たちの深いため息、商業ペースに付いて行けない漫画家の嗚咽と筆を折る音……、そんな声にならない声が混じっているような気がしてならない。次々と創刊される漫画誌、そしてテレビアニメーションというポップカルチャーが花開いていく賑やかな時代の中で、辰巳は陽の当たらない裏街道をさまよう人々を好んで描き続けた。
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