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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.295

あの“アホの坂田”師匠が和製イーストウッドに!? 安藤サクラ主演作『0.5ミリ』で光り輝く名優たち

05mm02.jpg「よしもと新喜劇」の“竜じい”こと井上竜夫は、酸素ボンベを抱えながらの好演。安藤サクラと息の合った芝居を見せる。

 井上竜夫に続いて名優ぶりを発揮するのは、やはり吉本興業の大ベテラン・坂田利夫。コメディNo.1というより、“アホの坂田”師匠と言ったほうが耳なじみがいいだろう。さすがに劇中ではキダ・タロー作曲「アホの坂田のテーマ」は流れないが、安藤桃子監督と相方役を務める安藤サクラは“アホの坂田”師匠のチャーミングさをスクリーンいっぱいに引き出してみせる。安藤姉妹に乗せられて、師匠もすっかりご機嫌だ。師匠の役は元自動車修理工で、今はひとりぼっちで暮らす茂じいさん。話し相手もおらず、道端に停めてある自転車を盗んだり、タイヤをパンクさせることで日々のうさを紛らわせている。その様子を見かけたサワは、一方的に茂じいさんの家に住みつくことに。最初は厚かましいサワのことを警戒していた茂じいさんだが、サワの手料理にあっという間に飼い馴らされてしまう。ひとりぼっちで食べる晩ご飯に比べ、ふたりぼっちで囲む食卓の何と温かいことか。年齢の離れた茂じいさんとサワとの共同生活は、父娘というよりも新婚家庭のような艶っぽさが漂う。

 頑固な元自動車整備士という設定は『グラン・トリノ』(08)のクリント・イーストウッドを連想するが、安藤桃子監督によると『グラン・トリノ』のパクりではなく、『グラン・トリノ』の公開前に『0.5ミリ』の原作小説は書き上げていたそうだ。「もちろん『グラン・トリノ』は大好き。あの映画を観ていて、米国も日本も頑固な職人像って同じなんだなぁってうれしくなりましたね」と語っている。イーストウッドのこだわりの愛車が70年代を代表するビンテージカーのグラン・トリノなら、茂じいさんの宝物は“幻の名車”いすゞ117クーペ。茂じいさんが40年間大切に手を入れてきたので新車同様にピカピカ輝いている。偏屈な独居老人と化していた茂じいさんだが、自動車の整備に情熱を注いできた誇り高き“昭和の男”であることが分かる。サワにアシストされ、生きる活力を取り戻した茂じいさん。アホの坂田師匠がイーストウッドばりのダンディーな男に見えてくるではないか。2人の穏やかな生活がいつまでも続けばいいのに……。そう思わせる美しいシークエンスとなっている。

 サワと老人との共同生活は、血縁や戸籍上の登録によって結ばれた家族の関係とも、恋愛感情を介した男女の関係とも異なる。サワは孤独な老人たちの世話をすることで、その代償として泊まる部屋と食費を提供してもらう。いわば、カバの背中にとまって、カバに寄ってくるダニなどの虫をついばむ小鳥のウシツツキのような存在だ。周囲からはフケ専だの財産狙いだのと中傷されるが、サワは人生の先輩たちからお金以上のものを受け取る。彼らと一緒にご飯を食べ、話を聞き、諸々の世話をすることで、サワは自分が知らない世界や自分が生まれる以前の時代について触れることができる。放浪ヘルパーとして根なし草のごとき生活を送るサワだが、自宅や家族の代わりにもっと大きな社会や時代の流れの中に身を委ねることになる。サワを演じる安藤サクラが次第に菩薩さまに思えてくる。映画の世界で深い深い母性を感じさせる安藤サクラ。彼女のことをこれからは映画菩薩と呼びたい。

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