CMが軍事独裁政権を倒した実録ドラマ『NO』。これは政治キャンペーンか、一種の洗脳なのか?
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プロの広告マンであるレネの両陣営に対するCM評はこうだ。「YES」陣営はピノチェト大統領(クライアント)をひたすらヨイショするだけで、CMを見るユーザーのことはまったく考えていない。一見すると力作のように感じられる「NO」陣営のドキュメンタリー映像だが、NO陣営の幹部は「民衆を啓蒙するため、そして勝ち取った放送枠を埋めるためのもの」と説明する。それでは「NO」陣営側の自己満足のためでしかない。CMとはテレビの前のユーザーたちがそのCMをまた見たいと感じ、CMに好感を覚えたユーザーたちがCMに映った商品を自分も手にしてみようと思わせるものでなくてはダメなのだ。レネは広告業界の先輩をブレーンに、手だれの作曲家とデザイナーも仲間に巻き込み、自分が理想とする“究極のCM”づくりを開始する。レネが作ったCMを見て、「NO」陣営の幹部たちはお口ポカーン状態。チリ人とはおよそ思えないモデル然とした若者たちがキャッチーなキャンペーンソングに合わせて歌い踊るMTV風のイメージビデオだったからだ。「これじゃ、まるでコーラのCMじゃないか」と頭を抱える「NO」陣営。だが、それこそがレネの目指す理想のCMだった。
「コーラのCM」と味方に酷評されまくったレネのCMだが、それまで政治に対して無関心を決め込んでいた若年層や、恐怖政治に怯えていた高齢層が、この底抜けに明るいCMに飛びついた。チリでは独裁政権が断続的に続いているが、もしかしたら本当に新しい時代が近づいているのかもしれない。毎晩流れるキャンペーンソング「チリよ、喜びはもうすぐやって来る」を何度も聞いているとそんな気がしてくる。これには「YES」陣営が慌てふためいた。たかが1日15分の、しかも深夜枠で流れるCMがこんなにも民衆に影響を及ぼすとは思っていなかった。レネが勤めるCM制作会社の上司グスマン(アルフレド・カストロ)に命じて、「NO」陣営そっくりの二番煎じのCMを流し始める。この時点でレネはしてやったりだった。製作費も放送枠も自由に使える「YES」陣営を、こちらと同じ土俵に引きずりこむことに成功したからだ。「YES」派と「NO」派のどちらの政治理念が正しいかではなく、どちらのCMが面白いかという戦いになっていく。チリの民衆は、かつてないユニークかつ国運を賭けた熱きCMバトルの行方に心を踊らせる。
CMの影響力や政見放送の舞台裏に興味のある人にとっては見逃せない内容の『NO』だが、観客には2つのハードルが待っている。ひとつは80年代の雰囲気を再現するために、パブロ・ラライン監督はあえてビンテージカメラで撮影しているという点。そのため、映像全体が粗いものになっている。クリストファー・リーヴやジェーン・フォンダらハリウッドの著名人たちが「NO」陣営へ応援メッセージを寄せるなどの当時の資料映像も違和感なく映画の中に溶け込んでいるものの、チリの現代史に興味のない日本人には昔のお話と思われかねない。CMや広告による洗脳力の強大さに言及した今日的なテーマの作品だけに、賛否が分かれるところだろう。
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