言葉の通じない海外で突然逮捕されたらどうなる!? ある女囚の叫び『マルティニークからの祈り』
#映画 #パンドラ映画館
高級リゾートマンションで暮らすことができても、自由に外出することも連絡をとることも許されなければ、そこは監獄と同じだろう。逆にどんなにボロボロの四畳半一間でも、愛する人と一緒の生活ならば、それは天国の日々となる。チョン・ドヨン主演作『マルティニークからの祈り』は、人間が置かれた環境条件がどれだけその人の精神状態に影響を及ぼすかをまざまざと教えてくれる。さらに、この作品が興味深いのは、実際に起きた事件を描いているということだ。2004年にフランスの空港で起きた韓国人主婦麻薬運搬事件(チャン・ミジョン事件)が題材。自国語しか話せない平凡な主婦が麻薬密輸の疑いで海外で逮捕され、裁判が開かれないまま2年間にわたって拘束され続けたという恐ろしい事件の顛末が明かされる。
ヒロインを演じたのは、『シークレット・サンシャイン』(07)での熱演でカンヌ映画祭主演女優賞に輝いたチョン・ドヨン。韓国映画界が誇る実力派女優の主演作で、しかも韓国映画がもっとも得意とする実録社会派サスペンス。なおかつ、絶望と肉欲が渦巻く女囚もの。映画好きにとっては堪らない、切り札が3枚もそろった見応え充分な力作となっている。
ジョンヨン(チョン・ドヨン)は韓国で暮らす普通の主婦。決して楽な生活ではないが、お人好しの夫ジョンベ(コ・ス)とかわいい娘ヘリン(カン・ジウ)と幸せに暮らしていた。ところが、ジョンベが親友の借金の保証人になったことから暗雲が立ち込める。親友は借金を残したまま首を吊り、ジョンベは2億ウォンの返済を肩代わりするはめに。アパートの家賃も払えずに途方に暮れる夫妻に、奇妙なアルバイトの依頼が届く。「金の原石を運んでほしい。万が一、税関でバレても罰金を払うだけで大丈夫だ」という眉唾な仕事内容。しかも、女性にしかできないらしい。いぶかしむジョンヨンだったが、背に腹は換えられないとこの高額バイトを引き受ける。フランスのオルリー国際空港の税関をドキドキしながら潜るジョンヨン。案の定、税関の係員に呼び止められて鞄を開いてみると、中身は金の原石ではなく大量のコカインだった。フランス語が話せないジョンヨンはまったく弁解できないまま、収容生活を余儀なくされる。
本作を観た人は誰しも、フランス在住の韓国大使館員たちの無責任さに怒りを覚えるだろう。ジョンヨンは大使館に何度も事情説明の嘆願書を送るが、エリート然とした大使館員たちは「また、麻薬おばさんからだよ」と鼻で笑い、嘆願書を読もうともしない。犯罪者のために国の税金を無駄に使えないと、通訳を手配することもない。フランスの国選弁護士がジョンヨンを訪ねるが、言葉が通じないので意味がない。ジョンヨンは家族に連絡することもままならず、いつ裁判が開かれるのかも分からない状態のままパリの留置場で孤独な生活を強いられる。やがてジョンヨンは、カリブ海の孤島・マルティニークにある女子刑務所へと移送。宝石のように輝くカリブの美しい光景とは裏腹に、ジョンヨンは家族に会えないことに悲嘆し、髪の毛が抜け落ち、みるみるうちにやせ細っていく。ここらへんの極限演技は、『ハッピー・エンド』(99)や『ハウスメイド』(10)でも体当たりぶりを見せたチョン・ドヨンの独壇場だ。『あしたのジョー』(11)での伊勢谷友介か、本作のチョン・ドヨンかというくらい鬼気迫るものを感じさせる。
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