記憶をめぐる“内なる冒険”の果てに見たものは? 夭折した父との再会と自己の再生『ぼくを探しに』
#映画 #パンドラ映画館
大好きなシューケットをお菓子屋さんまで買いにいくことと、公園のベンチでくつろぐこと以外は外出することもなく、自分の殻に篭って生きてきたポール。33歳になった彼は2人の女性と出会うことになる。ひとりは伯母たちに連れられてきた避暑地で出会ったチェリストのミシェル(キー・カイング)。中国から養女として引き取られたミシェルも大勢で騒ぐより静かな世界を好み、ポールとは気が合いそうだった。もうひとりはポールと同じアパートメントに暮らす中年女性のマダム・プルースト(アンヌ・ル・ニ)。インド帰りの彼女は自室でこっそり脱法ハーブを栽培し、悩みを抱えるご近所さんたちの心を解きほぐす“潜りのセラピスト”だった。偶然、マダム・プルーストの部屋へお邪魔してしまったポールは栽培中のハーブ類を見てしまったため、マダム・プルーストから半ば強引に奇妙なハーブティーを飲まされるはめに。このハーブティーを飲んだことから、ポールは忘却の彼方に消えていたはずの記憶の海へと旅立つことになる。
父親は無口で粗野な男というイメージしかなかったが、幼い頃の記憶が鮮明になると、父親の職業はプロレスラーだったことが分かった。母親にDVを振るっていたように感じていたが、それは父と母なりの体を使った愛情表現だったようだ。父や母、そしてまだ赤ちゃんだった自分の周りには、いつも仲間たちが集まって愉快そうに騒いでいた。ずっと自分は誰からも愛されることなく生まれてきたのだと思い込んでいたが、多くの人たちの祝福を浴びていたことを知る。すっかり忘れていた、温かい記憶の水たまりだった。ハーブティーを飲んだポールは意識を失ったままの状態で、目からじんわりと涙がこぼれ落ちるのを止めることができなかった。
だが、封印されていた記憶を解放するということは、必ずしも美しく温かい思い出だけを選んで味わうわけにはいかない。いつも笑っていた母親と違って、やはり父親はどこか鬱屈したものを抱え込んでいる。そして何よりも辛かったのは、両親が事故死した真相を知ってしまったことだ。肉親との死別をもう一度体験すること。それは繊細な心を持つポールにはあまりにもしんどい体験だった。でも、ポールはもう赤ちゃんではない。自分の力で生きていくことができる大人にすでに成長している。遅まきながらポールは固い卵の殻を割って、孵化することを決意する。タイミングよく、卵の殻を外からコツコツと叩いてくれる存在もいた。避暑地で出会ったミシェルは、パリに帰ったポールのことをずっと気に掛けていたのだ。
映画の世界では、これまで主人公がこの世にはいない死者たちと対面するシーンが少なからず設けられてきた。アニメーションと同様にフィルムの世界も、残像効果を活用した一種の奇術である。また、時間を巻き戻すことも、早送りすることも可能な異次元の世界でもある。『コンタクト』(97)ではジョディ・フォスター扮する科学者エリーは宇宙人の粋な計らいで少女期に急逝した最愛の父親と再会を果たすことができた。『オーロラの彼方へ』(00)では私生活でトラブル続きの刑事ジョンは30年前に殉職した消防士の父親と無線機での会話に成功する。山田太一原作の『異人たちとの夏』(88)では落ち目になったシナリオライターがひと夏だけ、若かった頃の両親と出会い、父親とのキャッチボールを楽しむ。気がつけば、主人公たちは亡くなった親と同年代に差し掛かっていた。子どもの頃は甘いものにしか味覚が反応しなかったが、大人になった今なら苦みや渋みの混じった体験の中にも、人生を生きている上での大切な要素が含まれていることが理解できる。
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