浪速シリーズの元祖・赤井英和とジム会長の愛憎劇に迫る『浪速のロッキーを<捨てた>男』
そもそも、この2人の関係は、高校生だった赤井が津田の元を訪れて「ボクシングを教えてください」と頼み込んだのが始まりだった。津田がまだジムを開く前、2人は公園にサンドバッグを持ち込み、ひたすらに練習を重ねていた。本書でも、その当時のことを赤井が懐かしそうに振り返る場面も描かれており、厚い師弟関係で結ばれていたことがわかる。その後、ジムを開いた津田は赤井をテレビ局に売り込み、連続KO勝利日本記録のために手を尽くすなど、その関係を深めていったのだが、赤井のモチベーションの低下とまさかの敗戦で歯車が狂い出した。その狂いを我々は「津田の精神は、もう擦り切れていたのかもしれない」、「津田は孤独に耐えかねたのかもしれない」といった文面から読み取るほかないのだ。
では、なぜ浅沢氏は2人の確執とその原因を憶測でしか語れなかったのか。それは津田や赤井が語らなかったからではなく、2人とも語る言葉をいまだに持ち合わせていなかったからではないだろうか。津田が入院して意識不明に陥っていた頃、赤井は病院に見舞いに行ったことがあるという。だが、浅沢氏が「それは、和解だったのですか?」と赤井に尋ねると、赤井は「和解。そんなもんはあらへんよ」と答えている場面もあるなど、実は赤井は、まだ当時のことを整理しきれていないのではないかと思わせるコメントが散見される。
世界チャンピオンまであと一歩と迫るも、夢半ばでリングを降りざるを得なかったボクサーと、ジム念願の世界チャンピオン輩出を逃した会長。それぞれの思惑が交錯もせず、すれ違ったまま袂を分かつことになった本当の原因は、すでに鬼籍に入ってしまった津田の口から語られることはもうないし、赤井ですらもわからないままなのかもしれない。
浪速のロッキーをはじめ、これまで多くの強豪浪速シリーズボクサーを生み出してきた大阪の地で、今後もジム会長と選手の蜜月と確執と破局は繰り返されるのだろうか。読後はそんなことを考えてしまう──。本書は、激しい戦いでファンを熱狂させるリングの外で起きている、男同士の愛憎を描いたメロドラマでもあるのだ。
(文=高橋ダイスケ)
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