日本人最多得点更新! 鈍足のFW・岡崎慎司がたどり着いた「エゴイスト」としてのサッカー
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「負けた悔しさというよりも、試合で自分が何もできなかったという無力感のほうが強かった」(「サムライサッカーキング」12月号増刊/講談社)
このW杯を経て、清水エスパルスから独ブンデスリーガ・シュトゥットガルトに移籍した岡崎。サッカー選手なら誰もが憧れるヨーロッパでの選手生活だが、このチームで過ごした2年半は彼にとって葛藤の連続だった。守備に奔走するため、なかなか得点を決められない日々。当初打ち立てていた「日本人にしかできない気の利いたプレーを」という目標がチームに受け入れられず、出場機会も減少した。迷いと苦しみにもがきながら、岡崎は異国の地で過ごしていたのだ。
だが、13年のコンフェデレーションズ杯で、彼はある成長を遂げた。
「実は、あの大会に僕はある決意を持って、臨んでいた。周りの様子を見ないで、ひたすら『ゴールだけを見る!』ということだ。視野の狭い僕は、いろいろなものを見ようとして失敗していた。また、大会前のシーズンに余計なことを考えたり、いろいろなところを見ようとして上手くいかず、不本意な1年を送っていたことも、その決意を後押しした。『思い切って、ゴールだけを見よう。エゴイストになってみよう』と」(『鈍足バンザイ!』)
その結果、イタリア、メキシコという強豪国からゴールを奪うことに成功。さらには、トゥヘル監督の目に留まり、マインツへの移籍をももぎ取ったのだ。
「エゴイスト」として、自らのスタイルを見つけ出した岡崎は、今季14得点を挙げ、いまやマインツの主軸選手として活躍している。日本代表としても、W杯ブラジル大会での活躍に最も期待がかかる選手の一人だ。
4年前、日本代表がパラグアイ戦に敗れた夜、岡崎の部屋を盟友である本田圭佑が訪ねてきた。U-23代表として北京五輪に出場して以来、同じ日本代表のユニフォームを着続けてきた2人。それは、久しぶりにゆっくりとサッカーについて語り合いながら過ごす時間だった。そして見えてきたのは、超守備的に戦った南ア大会の「悔しさ」だ。
「あのとき、守備的なサッカーをすることになったのは仕方がない面もあった。でも、あのようなサッカーでは限界があるなと大会を通して感じていた。僕たちなら、もっと攻撃的なサッカーで世界を驚かせることができるはず、とも。その悔しさが、大会以降の僕たちの心のよりどころというか、原動力となっていると思う」(同)
「世界を驚かせるサッカー」を。4年間の時を経てエゴイストへと進化した岡崎は、再びW杯のピッチに立とうとしている。
(文=萩原雄太[かもめマシーン])
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