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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.267

札幌で大ヒット! お金で買えない幸せの在り方『KAZUYA 世界一売れないミュージシャン』

kazuya02.jpg酒の呑み過ぎで声の調子がイマイチなこともあるが、ライブハウスで自分の曲を演奏していればご機嫌。お客の多い少ないは関係ない。

 音楽の才能はあるけど、曲づくり以外では努力という言葉にまったく縁がない人間らしい。この状況を見かねたのが、本作を撮っていた田村紘三監督だ。まぁ、監督といってもこれがデビュー作で、本職は札幌の美容師で、スープカレー屋も経営している。若い頃からせっせと汗水流すことで成功を手に入れた人物である。PHOOLの大ファンだった田村監督はKAZUYAをカメラで追ううちに、自分のサポートとカメラの力で何とかKAZUYAをもう一度売り出すことはできないかと考え始める。というか仕掛けを用意しないと、ただプロデビューできなかった残念なオッサンの昔話だけで終わってしまう。そこで田村監督はKAZUYAに10年ぶりとなるアルバムの製作を持ち掛ける。完成したアルバムは音楽配信やAmazonで全国販売する。地元のラジオ番組に出演し、道内でアルバム発売記念ライブツアーも組む。腰が重く、いつも酒ばかり呑んでいるKAZUYAのケツ叩きに田村監督は懸命になる。伝説のバンドのその後を追っていた記録映画は途中からモードチェンジし、『ASAYAN』(テレビ東京系)がデビュー前後のモーニング娘。に数々の試練を仕掛けていたようなスタイルに移行していく。この『ASAYAN』もどきの演出が、思いがけずKAZUYAの素顔を浮かび上がらせていく。

 結果をいうと、KAZUYAは10年ぶりとなる新アルバム『それは、ほんの始まり』をリリースするものの、日常生活に劇的な変化が訪れることはない。だが、アルバム製作の過程をカメラが追う中で、ただの酔っぱらいのオッサンにしかそれまで映っていなかったKAZUYAの葛藤やこだわりが見えてくる。KAZUYAだって人間だ。50歳をすぎた今も「売れたい」という気持ちは残っている。田村監督が元PHOOLの音楽プロデューサーの紹介で東京から連れてきた人気作詞家とのコラボレーションを受け入れる。若い頃のKAZUYAだったら「もういい、アルバムは製作中止」と言い出したはずだが、さすがにいい年齢なので大人の対応する。東京から来たプロの作詞家の実力を認め、レコーディングは順調に終える。温厚なKAZUYAの怒りが爆発したのは、アルバムに収録する曲を決めるときだ。

 アルバムに収録する11曲のうち、作詞家が書いた曲は1曲だけ収録のはずだったのが、2曲に増え、さらに他のミュージシャンとの共作の曲も入ることになった。KAZUYAは自分のアルバムに3曲も他人が作った曲が入ることが許しがたかった。KAZUYAはテーブルを蹴り倒す代わりに、口を閉ざしたままメモ用紙が真っ黒になるまで「フザケルナ」と書き殴り続ける。曲の善し悪しやアルバムが売れる売れないの問題ではないのだ。自分自身が純粋に歌いたいと感じて書いた曲を歌うこと。それが北の都で、ひとりぼっちになってもずっと歌い続けてきた彼にとって、いちばん大切なことだったのだ。50歳を過ぎて定職のないダメダメなオッサンだが、KAZUYAの心はとことんピュアだ。

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