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日刊サイゾー トップ > インタビュー  > 青木理が語る鳥取連続不審死事件
ノンフィクション『誘蛾灯』上梓企画

ジャーナリスト青木理が語る鳥取連続不審死事件──毒婦と地方格差と劣化する刑事“地方”司法の問題点

青木 たとえば「都市と地方の格差」。あるいは「拡大する一方の格差と貧困の問題」。それに「刑事司法の歪み」でしょうか。

 私は今回の取材で鳥取市に初めて入ったのですが、街が非常に疲弊していると同時に、陳腐化している印象を受けました。地方都市が疲弊しているのは鳥取に限った話じゃないけれど、ご存じの通り、鳥取は全国の都道府県の中でも人口最少の小さな県です。だから疲弊の度合いがことさらひどい。地元商店街や歓楽街は完全に没落し、代わりに国道沿いには巨大資本のスーパーやショッピングモール、ファミレスやコンビニが林立している。

──典型的な地方の郊外ですね。

青木 そう。疲弊しているのに風景が画一化、陳腐化しているのは、現代日本の地方の荒んだ現状です。その上に鳥取は交通の便が極度に悪く、軽自動車の保有率が全国1。その他の指標でいうと、カレールーの消費量もインスタント麺の消費量も全国トップクラス。つまり、世帯の平均収入が低いから共働き率が高く、軽自動車やインスタント食品の需要が高い。全国的に見ても、人々が貧しい生活を強いられているんです。鳥取は、日本の地方が抱える歪みが凝縮されている場所といえるでしょう。そんな街の寂れ切った歓楽街を舞台に事件は起きた。

──「貧困の問題」ですが、立件されていないものの、不審な死を遂げた6人のうち読売新聞の記者や県警の刑事を除いては、本書では生活保護受給者が数多く登場します。

青木 ええ。事件に関連した人々には、生活保護受給者が多くいます。不審死した男たちと美由紀が出逢う場となった「スナック・ビッグ」は、昔ながらの歓楽街の片隅で営まれている。ママはアパートも経営していて、本書に登場する中では唯一、辛うじて「持てる者」といえる存在ですが、そのママが持たざる者たちを食い物にしている面もあった。ママが経営するアパートに生活保護受給者を住まわせ、その人たちに自分の店で酒を飲ませている。ささやかだけど、一種の貧困ビジネス。美由紀も持たざる者だったけど、その彼女が周辺の人々にカネをせびり、カネを巻き上げて生を紡ぐ。生活保護受給者の増加や貧困問題といった日本社会の歪みが、事件にはベッタリと張りついています。

──「スナック・ビッグ」は本書の要所要所に登場し、ひとつのキーポイントになっている印象を受けました。

青木 物語としては、そうなるように狙って書いた部分もあります。美由紀の周辺で不審死した男たちの大半はビッグで美由紀に出逢っているから、事件の面でも重要な場所なんですが、ビッグに来た男たちがどういう気分であそこで飲み、ホステスとして働いていた美由紀に惹かれていったのかを追体験させられないだろうかと思って。ある読者には「読んでいて、ビッグの場面に戻るとホッとする」と言われました。実際、陰惨な事件現場や事件関係者の話を聞き続けた私も、取材を終えてビッグに行くとホッとしてしまうところがあった。それを読んでいて「ホッとする」と感じるということは、私もあなたもダマされた可能性があるんじゃないかと(笑)。そんなふうに読んでもらえると、私の狙い通りでもあります。

──「刑事司法の問題」とは?

青木 刑事司法は私が以前から取材しているテーマでもあります。美由紀の場合、1審公判は鳥取地裁で開かれ、すでに死刑判決が言い渡されていますが、検察が立件に踏み切った2件の強盗殺人について美由紀は逮捕時点から一貫して否認している。しかも警察と検察は脆弱な状況証拠しか示せず、決定的な証拠は何ひとつない。実際に現地で取材してみると、美由紀が事件とまったく無関係とは思えないけれど、女ひとりでできるような犯行と考えるのはどうしても無理があった。1審の公判には検察側の最重要証人として美由紀の最後の同棲相手である安西という男が出廷し、検察側立証を支える証言を口にしました。ところが、これは誰が聞いても明らかに不自然なところばかりの証言だった。そんな公判なのに死刑判決です。

 死刑制度に賛成か反対かはさておき、一般の人はこんなふうに考えているんじゃないでしょうか。つまり、死刑になるような被告はとてつもない凶悪犯罪に手を染め、警察や検察の捜査もきちんとした証拠を集め、長期間の裁判を重ねた結果として被告の犯行であるということが確実に立証され、これは死刑以外にやむを得ないと判断されたんだろう、と。でも、現実は違う。特に美由紀の裁判は、警察も検察もヘボだし、さらにいえば弁護側もヘボ。こんな捜査と裁判で死刑にして大丈夫なのか、という思いは拭えません。いわば刑事司法の失態です。

──刑事司法の失態とは、具体的にどんなことでしょうか?

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