虐待を生き延びた子どもたちの“その後”『誕生日を知らない女の子』
#本
「なぜ、幼い生命を救えなかったのでしょうか?」
虐待死事件が報道されるたびに、レポーターが繰り返す言葉だ。毎年、少なくとも50人以上の子どもたちが、虐待の犠牲となってその生命を奪われている。だが、児童虐待の相談対応件数は、6万6,807件(平成24年度)。死亡してしまう子どもは、全体のほんの一部であり、「救えた」子どもたちが直面する過酷な現実に光が照らされることは、ほとんどない。
虐待を受けた子どもたちの“その後”を描いたノンフィクションが、黒川祥子よる『誕生日を知らない女の子』(集英社)だ。虐待を逃れ、里親のもとで暮らす子どもたちの生活を描いた本書。だが、そこに描かれているのは、里親のもとで安心した生活を送る幸せな子どもたちの姿ではない。
「川村のママ」と呼ぶ実母に、フライパンで手を焼かれ、タバコの火を押し付けられた美由は小学3年生。保護施設では、能面のように表情を変えず、「しゃべれないかもしれない」と心配されながら過ごしてきた。日常的に虐待を受け続けた生活が、彼女の感情を動かないように変えたのだ。里親のもとに引き取られて、少しずつその感情は改善していくも、嫌なことがあるとすぐに白昼夢に逃避してしまう美由。いまだに、「おまえなんか、ぶっ殺す」という実母の声に苛まれ、お店の商品をいつの間にか「持ってきちゃう」のは、実母から万引きを強要されていた過去がフィードバックするからだ。
虐待を受けた子どもたちは、多かれ少なかれ、いろいろな問題を抱えている。他人との距離がうまくつかめず、すぐに暴力に走ってしまう問題児や、いつ殴られるかわからない恐怖と闘ってきたため、脳の健全な発達は遅れ、学習障害と診断されるケースも少なくない。
捨てられたも同然で児童相談所に預けられ、里親のもとにやってきた明日香は、実母に恋焦がれている。「おかあしゃんは、女神さまのように優しくて、どんな願いでもかなえてくれる」と実母を理想化する明日香。しかし、継父と実母のもとに引き取られた彼女は、1カ月以上ひとりで放置され、再び児童相談所に送られることとなった。
「虐待はトラウマという、傷つけられた体験で語られがちですが、一番重要なキーワードは、喪失なのだと思います」
と、子どもの虹情報研修センターの増沢高研修部長は語る。子どもに関心の薄い母親のもとで、周囲の大人たちの誰もが、明日香が幸せになれるとは考えられなかった。それは、明日香自身も薄々わかっていたことだろう。けれども、彼女は「奴隷でもいいから、帰りたい」と言って、里親のもとを去っていた。現実を見つめないことが、唯一、彼女の喪失感を回避する手立てだったのだ。
二人の子どもがいる沙織は、父親からの暴力や性的虐待を受けて育った。
「上の子は女の子だからなのか、育児のたびに否が応でも自分とかぶるんです。育児をする上で、フラッシュバックを体験するというか……。『あの子歩いたな、よかったな。うれしい』って思った瞬間、『誰が私が歩いたのを喜んだ? 誰が私が歩いたのを見ただろう』って、だんだん上の子に当たっていくんです」
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