映画ジャーナリスト大高宏雄氏が振り返る2013年 第一期を終えたテレビ局映画と若手監督らの台頭
#映画
大高 映画の面白さは、そこに張りめぐらされている多くのヒエラルキーをひっくり返してみせることだと私は考えています。パッと出てきた新人監督の作品が巨匠の作品より高い評価を浴びることもあるわけです。その意味合いで言うと、今年見事にそのヒエラルキーをひっくり返してみせたのは白石和彌監督です。長編2作目となる『凶悪』のヒットで、映画賞レースの先頭を走っています。もうひとり、大森立嗣監督も私は高く評価しています。真木よう子が輝いた『さよなら渓谷』もいいけれど、個人的には大森監督が『さよなら渓谷』とはまったく異なる作風の『ぼっちゃん』を同年に撮ったことを特筆したい。秋葉原無差別殺傷事件を題材にした『ぼっちゃん』は全く予測不能の作品。これまでのどの作品にも似ていない興奮がありました。大森監督はデビュー作の『ゲルマニウムの夜』(05)がかなり叩かれたけど、ようやく表舞台に立った感がありますね。白石監督は若松孝二監督のもとでキャリアを積み、大森監督は荒戸源次郎のプロデュースでデビュー。若松孝二、荒戸源次郎という2人の映画異端の遺伝子をそれぞれ受け継ぐ若い監督がメインストリームに出てきた。これがヒエラルキーの転覆でなくて何でしょう。山下敦弘監督の『もらとりあむタマ子』も素晴しい作品でした。『苦役列車』(12)を経て、山下作品は新しい表現世界に入ってきたように思いますね。映画の現場から叩き上げで這い上がってきた監督たちが実力を発揮し始めたことは、今年の日本映画界の大きな収穫です。
──『映画業界最前線物語』の表紙を飾っているのは2013年3月に閉館した銀座シネパトス。アナログからデジタルへと映画館のシステムが切り替わった時代の象徴として表紙にしたのでしょうか?
大高 いや、私の勝手な個人的思い入れです(笑)。シネパトスもまたヒエラルキーをひっくり返してみせた存在だったんです。地下鉄の振動音などを含めた環境面から、劇場としては低く見られていたシネパトスでしたが、鈴木伸英支配人のときに3スクリーンのうちの1スクリーンを名画座として旧作の特集上映を積極的に行なったことから、評価が上がったわけです。シネパトスは映画館の夢だったのではないですか。私が発起人となって始めた「日本映画プロフェッショナル大賞」ですが、実はシネパトスのロビーにいるときに思いついた映画賞でした。当然、「日プロ大賞」もヒエラルキーをひっくり返すことが狙いです。メジャーな映画賞から漏れてしまったインディペンデント系の映画を顕彰しようという趣旨は“敗者復活戦”でもあるんです。映画の世界に憧れる若者たちは『映画業界最前線物語』を読んだ上で、「ふざけるな」と思いながらも、ぜひ業界を目指してほしいですね。業界のヒエラルキーをひっくり返すような人材を待ち望んでいますよ。
(取材・文=長野辰次)
●おおたか・ひろお
1954年静岡県浜松市生まれ。明治大学文学部仏文科卒業後、文化通信社に入社。92年から「日本映画プロフェッショナル大賞」を主宰。「キネマ旬報」のほか、毎日新聞で「チャートの裏側」、日本映画専門チャンネルガイドで「大高宏雄の今日の太鼓判」などを連載中。主な著書に『仁義なき映画列伝』(鹿砦社)、『映画賞を一人で作った男 日プロ大賞の18年』(愛育社)、『日本映画 逆転のシナリオ』(WAVE出版)など。
『ぼっちゃん』
真木よう子主演作『さよなら渓谷』が高い評価を得た大森立嗣監督のインディペンデント魂が炸裂した作品。秋葉原無差別殺傷事件をモチーフに派遣労働者の過酷な状況を描きながらも、観る者の予想を覆す展開をみせる。
脚本・監督/大森立嗣 出演/水澤紳吾、宇野祥平、淵上雅史、田村愛ほか 配給/アパッチ 全国順次公開中
(c)Apache Inc.
<http://www.botchan-movie.com>
『凶悪』
死刑確定囚が告白した未検挙連続殺人事件の顛末を追った実録犯罪もの。血縁も地縁も崩壊した都市郊外の風景が異様に寒々しい。
原作/新潮45編集部編『凶悪 ある死刑囚の告発』 脚本/高橋泉 監督/白石和彌 出演/山田孝之、ピエール瀧、リリー・フランキー、池脇千鶴、白川和子、吉村実子ほか 配給/日活 R15+ 全国順次公開中
(c)2013「凶悪」製作委員会
<http://www.kyouaku.com>
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