“アニメーションは呪われた夢”なのか? スタジオジブリの1年間を密着撮影した『夢と狂気の王国』
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スタジオジブリの住人の中で宮崎駿監督といちばんうまく距離を保っているのはジブリの名物猫・ウシコに違いない。画面に度々登場するウシコはジブリの正式な飼い猫ではなく、いつの間にかジブリに住みついてしまった迷い猫。猫という動物は自分にとって居心地のよい場所を見つける天才だ。スタッフに可愛がられ、白と黒のツートンカラーの毛並みをいつも艶やかにしているウシコ。屋上庭園で昼寝するウシコを見て、宮崎駿監督は「なんて平和な顔をしているんだ。スケジュールがないんだな」と羨ましげだ。ジブリ内を自由気ままに闊歩するウシコだが、決して足を踏み入れない聖域があるという。それは宮崎駿監督の仕事場だ。宮崎駿監督が絵コンテや作画に集中する背中には他者を寄せ付けないオーラが漂う。ウシコは人間の眼には見えない巨匠のオーラを敏感に感じ取っているらしい。
宮崎駿監督が『風立ちぬ』の完成を目指すスタジオジブリとは別棟で、高畑勲監督は『ホーホケキョ となりの山田くん』(99)以来となる新作『かぐや姫の物語』と向き合っている。ひとつのスタジオが同時に2つのアニメ大作を製作するのは尋常なことではないが、鈴木プロデューサーは高畑監督と宮崎監督の両者の間にあるライバル意識を巧妙に煽る。ちょっとやそっとの刺激では、この両巨匠が動かないことを“猛獣使い”である鈴木プロデューサーは熟知している。『風立ちぬ』と同時公開はならなかったが、8年間の製作期間を要した『かぐや姫の物語』はその期待を裏切らない傑作として徐々に姿を見せつつあった。
本作のいちばんの注目点は、宮崎駿監督が引退表明するまでの心情の動きを砂田監督が細やかに追い続けたことだろう。煙草を片手に一心不乱にペンを走らせる宮崎駿監督の姿は『風立ちぬ』の主人公・堀越二郎そのものである。夜、ジブリを出た宮崎駿監督は個人用のアトリエに砂田監督を招き、東日本大震災や福島第一原発事故についての私見を語る。「機械文明は呪われた夢」だと言う。飛行機づくりもアニメーション製作も同じく、呪われた夢なのだと。映画づくりが本当に素晴しいものなのか今もわからないと話す。巨匠・宮崎駿も息子・宮崎吾朗と同じように葛藤を抱えながら仕事に向き合っていた。
『風立ちぬ』の完成を間近にした宮崎駿監督に一通の手紙が届く。送り主は戦時中に宮崎家の隣に住んでいた少年。空襲で焼き出された少年は、宮崎駿監督の父親から当時は貴重品だったチョコレートを手渡されたという。そのお礼状を息子である宮崎駿監督宛てに送ってきたのだ。宮崎駿監督の父親は町工場を経営し、戦時中は戦闘機の風防を作る軍需景気で賑わった。軍需産業に従事しながら、戦争被害者には優しい心遣いを見せていた父親の素顔が明かされる。宮崎家の人々は代々にわたって仕事に対する葛藤を抱えながら生きてきたのだ。この手紙が宮崎駿監督の内面にどれだけ影響を与えたのかは本人以外にはわからないが、腑に落ちるものがあったのだろう。『風立ちぬ』が劇場公開を迎え、そして9月。宮崎駿監督は引退会見を開く。
高畑監督の『かぐや姫の物語』の劇中に素晴しい台詞がある。「この世は生きるに値する」。この台詞は『かぐや姫の物語』の世界だけでなく、『風立ちぬ』で悲惨なラストに見舞われる主人公に向けられた言葉のようにも感じられる。アニメーションは呪われた夢なのかも知れない。でも、それは懸命に生きた人間だけが見ることを許された美しい夢でもあるのだ。『風立ちぬ』『かぐや姫の物語』を完成させたスタジオジブリは、新しい夢を見るためにしばし冬の眠りに就く。
(文=長野辰次)
『夢と狂気の王国』
製作/ドワンゴ 脚本・監督/砂田麻美 プロデューサー/川上量生 音楽/高木正勝 配給/東宝 11月16日(土)よりTOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー
<http://yumetokyoki.com>
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