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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.242

日本で急増するうつ病は製薬会社の陰謀なの? 心にじんわり効く『マイク・ミルズのうつの話』

utsunohanashi02.jpg「ハッピーでなくてはならないという強迫観念は米国特有のもの」と考えるミルズ監督は2006年の春、夏と東京での取材を続けた。

 大企業のCMを次々と手掛ける売れっ子クリエイターだった時期もあるミルズ監督。日本に友人が多く、生マジメな日本人が欧米系のグローバル製薬会社が仕掛けたCMキャンペーンの犠牲になっているのではないかと心配だった。でも日本に来てカメラを回していくうちに、製薬会社の企みを告発することよりも、気取りのない5人の淡々とした生活そのものに惹かれていく。5人はみんな、あのCMに好感を覚えたと評価している。CMを見るまでは「精神科にかかったら人生は終わりだと思っていた」と振り返るタケトシ。彼は15年間もうつと付き合いながら、前向きに毎日を過ごしている。ミルズ監督は製薬会社をめぐる問題はとりあえず疑問として投げ掛けるだけにとどめ、個の問題へとフォーカスを絞っていく。5人の生活に寄り添うことで、人間と“うつ”との関わりを日常レベルで掘り下げていく。

 本作は2006年に春から夏にかけて撮影されたもの。最初は社交辞令的な笑顔をカメラに向けていた5人だったが、誠実なミルズ監督の性格もあって心をオープンにしていく。数カ月後に会ったカヨコは勤め先をクビになり、症状が悪化したことを打ち明ける。本人的には体重が7キロ増えたことが気になるらしい。ミカは抗うつ剤の服用をやめようとしたが、禁断症状が出てダメだったことが分かる。気の合うカウンセラーになかなか出会えないともこぼす。大企業のトップや政治家へのアポなし突撃取材で一躍名を成したマイケル・ムーア監督とは異なる、ミルズ監督ならではのミニマムなアプローチ方法で“うつ”の現実がクローズアップされていく。うつを題材にした作品ながらさほど暗さを感じさせないのは、ミルズ監督の映像センスによるところが大きいように思う。

 ごくごくフツーな5人の男女だが、その中であえて個性的なキャラクターを挙げるならプログラマーのケンだろうか。「いつも通りにして」とミルズ監督に頼まれ、カメラの前で眠り込んでしまうほど打ち解けた関係になっていく。そんなケンの口から、「趣味でSMショーに出ている」という言葉が出てきた。ミルズ監督はケンと共に彼が定期的に通うSM教室へと向かう。マンションの一室でブリーフ姿になったケンは体中を縄で緊縛され、今まで見せたことのない恍惚とした表情を浮かべる。職場では自分がうつだということを内緒にしているケンだが、SM教室で縄で縛られている瞬間だけ心が解放されていく。一連のプレイの後、ケンの表情はとても晴れ晴れとしている。ケンが買ってきたハーゲンダッツのアイスクリームを一緒に食べる縄師も人が良さそうだ。「縛りに癒しを求めにくるお客さんは、何故かうつの人が多い」と語る縄師の言葉が印象に残る。

 こうして私はうつ病を完治しました、抗うつ剤と手を切ることができました的なドラマチックな展開が待っているわけではない。このドキュメンタリー映画は、ミルズ監督のデビュー作となった劇映画『サムサッカー』によく似ている。落ち着きがなく、親指をしゃぶる癖がやめられない高校生のジャスティンは催眠療法、薬物治療、マリファナ体験と様々な方法で克服しようとするが、最終的にはあるがままの自分を自分自身が受け入れることで折り合いをつけていく。ミルズ監督の体験が投影されているナイーブな主人公ジャスティンは試行錯誤した上で、自分の欠点を隠すことよりもっと大事なことがあると気づく。それは「答えがない人生をどう生き抜くか」ということ。試験問題と違って、人生には決まった答えは用意されていない。自分自身で答えらしきものを探りながら、少しずつ進んでいくしかないのだ。

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