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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.238

失われた文化が息づく“ユートピア”としての台湾90’s青春グラフティ『あの頃、君を追いかけた』

anokimi_02.jpgポニーテールにしたチアイー(ミシェル・チェン)。髪型を変えただけで、コートン(クー・チェンドン)ら男子を手玉に取ってしまう。

 コートンがあまりに勉強ができないことから、見かねたチアイーは放課後に2人で居残り勉強することを提案する。渋々とOKするコートンだが、内心はうれしくて堪らない。2人っきりで過ごす至福の時間だった。調子に乗ったコートンは「次の試験でどっちが勝つか賭けようぜ」とチアイーに持ち掛ける。賭けるのは、お互いの髪型。勝ったほうが相手のヘアスタイルを好きにすることができる。かつてなく猛勉強に励むコートンだが、試験結果は当然ながらチアイーの圧勝。コートンは頭を丸めるはめに。だが、数日後、クラスの男子たちがどよめいた。チアイーがそれまでの髪型を変えて、初めてポニーテールにして登校してきたのだ。クラスのみんなは、コートンとチアイーの賭けのことを知らない。クラスでいちばんの美少女が髪型を変えた理由は、コートンだけが知るささやかな秘密だった。コートンたちの高校生活は夢のように過ぎていく。

 『あの頃、君を追いかけた』で描かれる台湾は不思議な世界だ。『スラムダンク』を連載していた井上雄彦は交通事故で亡くなったことになっている。大学の寮で暮らすようなったコートンは飯島愛出演のアダルトビデオでオナニー三昧の日々を過ごす。またコートンが格闘技のトレーニングに励むようになったのはブルース・リーに憧れて。高校時代のコートンの部屋では、『チャイニーズ・ゴーストストーリー』(89)で大人気を博したものの芸能界から去ってしまったジョイ・ウォンが微笑みを投げ掛けている。日本では生きている人が死んで、逆に死んでしまった(もしくは引退した)過去の人たちがコートンの中では生きている。生と死が逆転した、奇妙なパラレルワールドである。現実とは異なるこの微妙なズレが、独特のトリップ感を日本人にもたらす。

 ちなみにコートンが教室で熱心に読み耽っているのは「少年快報」という台湾の漫画誌。80年代後半から90年代前半に青春時代を送った世代にとっては忘れがたいアイテムらしい。この雑誌は「少年ジャンプ」で連載された『聖闘士星矢』や『ドラゴンボール』、「週刊サンデー」の『らんま1/2』、「週刊マガジン」の『コータローまかりとおる!』など、出版社の異なる人気漫画が1冊の中にまとめて掲載されていた優れものの海賊雑誌だった。92年に「少年快報」は廃刊となるが、この時代のアジア各国はまだ著作権の概念が一般化しておらず、コートンたちは成熟期を迎えた日本のコミック、アニメ、ドラマ、アダルト作品が楽しみたい放題だったのだ。世間知らずのコートンたちのおバカな青春は、台湾の人たちにとってもやはり特別な感慨が湧くものらしい。

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