無縁社会、年金問題……沈みゆくこの国の現実! 国際派監督が描いた密室ドラマ『日本の悲劇』
#映画 #インタビュー
2010年7月、東京都足立区で起きたある事件が日本全国に衝撃を与えた。111歳だったはずの男性がミイラ状態のまま自宅で30年間にわたって放置されていたことが発覚し、その男性の家族が年金不正受給を罪に問われ逮捕されたのだ。この事件が明るみになるや、全国で100歳を越える行方不明老人が膨大な数に上ることが判明した。“長寿大国”という日本の看板を揺るがしたこの事件に強い関心を示したのが小林政広監督。これまでにイラク人質事件を題材にした『バッシング』(05)がカンヌ映画祭コンペ部門に選出、佐世保少女刺殺事件にインスパイアされた『愛の予感』(07)がロカルノ映画祭で4冠受賞するなど、日本社会が抱える厄介な問題に独自のアプローチ方法で向き合ってきた国際派監督だ。そんな小林監督のシナリオに魅せられたのは仲代達矢、北村一輝、大森暁美、寺島しのぶという4人の実力派俳優たち。崩壊していく日本の家庭を息詰まる緊張感の中で描いた密室ドラマ『日本の悲劇』に込めた想いを小林監督に訊いた。
──年金を頼りにギリギリの生活を送る父子(仲代、北村)の抜き差しならぬ物語。足立区で起きた事件をまざまざと思い起こしました。即身仏化した父親と家族が暮らしていた足立区の事件を、小林監督は当時どのように感じたんでしょうか?
小林政広監督(以下、小林) びっくりしましたよ。そんなことがあるのかとね。最初は別に映画にしようと考えたわけじゃないんです。ただ、「嫌な事件だな」と。でも『バッシング』のときもそうだったんですが、自分で「嫌だな」と感じたときほど気になるわけです。その嫌な感じの正体はなんだろうとね。そこでシナリオを書くことで、事件についていろいろと考えるんです。一体、どんな家族だったんだろう? どういう人が即身仏になろうと考えるのだろうとね。即身仏になろうとする人だから、きっと大正とか明治生まれの人でしょう。うちのオヤジと同じくらいの年齢だったのかな。映画の世界でいえば黒澤明みたいに意志が強く、決断力のある人だろうなどと考えるわけです。そう考えるうちに興味が湧いてくる。今回は『春との旅』(10)に主演してくれた仲代達矢さんのことが念頭にありました。仲代さんがかつて演じた『切腹』(62)のイメージが思い浮かびましたね。
──小林正樹監督の『切腹』も、食い詰めた下級武士の悲壮な物語でしたね。
小林 そう、婿夫婦を失った浪人が復讐を果たす物語。覚悟を決めた男の物語でしょう。覚悟の決め方が魅力的だった。「あっ、自分が描こうとしている男も覚悟を決めた人間なんだ」と気づいたわけです。逆にいえば、現代人って覚悟が決められないんだなって思えてきた。そうこう考えていくうちに、キャラクターが作られていったんです。
──『バッシング』や『愛の予感』は、実際に起きた事件を詳細にリサーチすることはしていないと語っていましたが、今回も年金不正受給の実状を具体的に取材したわけではない?
小林 えぇ、していません。どうして、そのような事件が起きてしまったのかという問題の構造性や社会的なことにはさほど興味がないんです。それよりも、どうしてそんな行動に走ってしまったんだろうという人間の内面的な部分に興味があるんです。足立区の事件があって、しばらくして一度シナリオを書き上げたんですが、自分で読んでみてあまり面白くなかった。それでそのシナリオは放っておいたんですが、そうしているうちに2011年3月になって東日本大震災があり、そこから震災も含めた現代の家族のドラマとして考え直したんです。震災の前から景気が悪くなり、社会が息苦しくなったなぁと自分は感じていたんですが、それはみんなが感じていたことだろうと。みんなの表情が暗くなった頃からの、小さな家族の歴史みたいなものを描いてみたいと思い、今回の作品になったんです。
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