メディアの構造云々を語らずとも──喰えないライター稼業の覚悟を知る『竹中英太郎記念館・父子展』探訪
しかし、苦労して手に入れた著作は、時折折れそうになる「覚悟」を押しとどめていてくれると、筆者は確信している。
そんな労の作品群の表紙や本文中を飾る絵画。それは、英太郎の手によるものである。
英太郎は、江戸川乱歩作品の挿絵などで知られる優れた画家だった。だが、思うところがあって、一線を退き、郷里の山梨で新聞社の社員となったという。そんな父が、唯一、労の著作にだけは自身の作品を提供した。『水滸伝』『ニッポン春歌行』『世界赤軍』(潮出版社)等々、筆者の手元にある労の著作は、いずれも英太郎の作品が表紙を飾っている。
『水滸伝』を著したように、一時期は平岡正明・太田竜と共に「世界革命浪人」を自称した竹中労。その父は息子と並んで、あるいは息子以上に革命への情熱を持った人物であった。『芸能界をあばく』の冒頭で労は
<戦前左翼運動の修羅場をくぐりぬけてきた父──英太郎は、江戸川乱歩の挿絵を書いて大衆画壇の寵児となってからも、見果てぬ革命の夢を追っていたのだろう>
と記す。画壇や文筆の世界で栄誉を得ることだけが人生の目標ではない。そんな世界の枠を越えたスケール。それが、いまだに多くの人々を魅了するのだ。
これまでも、さまざまな人物の記念館を訪れたことのある筆者だが、この記念館はひと味違った。館長でもある、金子紫さん(英太郎の娘、労の妹に当たる)は、リビングのようになっている記念館の一階で、来館者にお茶を勧め、父や兄の思い出話をしてくれるのだ。
金子さんと話をしながら棚を見れば、そこには労がたびたび寄稿していた「新雑誌X」(幸洋出版)、絶筆となった「実践ルポライター入門」が掲載されていた「ダカーポ」(マガジンハウス)などが並んでいる。「ダカーポ」はともかく「新雑誌X」が、こんなに揃っているのは、見たことがない。
聞けば、これらの雑誌は「ファンの人が寄贈してくれた」ものだそうだ。訪問者の中には、一日ずっと、それらの雑誌を読み続ける人もいるという。
金子さんによれば、竹中父子の資料の多くは、さまざまな理由で散逸しているという。
例えば、「週刊明星」(集英社)1969年3月9日号に掲載された、労の「書かれざる美空ひばり」という記事の中に「一昨年、父親は私の羽織の裏に“せめて自らに恥じなく眠れ”と書いてくれ」との一文がある。その羽織の消息を金子さんに尋ねたところ「(労の事務所スタッフが)タクシーに忘れたと聞いたことが……」という。ああ、なんともったいない!
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