『レコ大』審査員は利権まみれ! 日本の音楽評論家が信用できないワケ
ソニーがJ-POPを殺した――そんな過激な見出しで、音楽業界のタブーに切り込んで話題を呼んだ『誰がJ-POPを救えるか? マスコミが語れない業界盛衰期』(朝日新聞出版)の著者・麻生香太郎氏が、音楽業界の抱える問題点を語る集中連載第2回。第1回はこちら。
前回、マスコミの利権に縛られることで、まともな音楽ジャーナリズムが成立しないというお話がありました。このことは音楽評論家でも指摘できないのでしょうか?
音楽評論家も、利権に絡めとられているケースがありますからね。ボクは最近になって、「特に歌謡曲畑の音楽評論家は信じちゃだめだ」ということに気がつきました。なぜかと言うと、信頼を寄せていた評論家が、よーく調べるとレコード大賞(以下、レコ大)の審査員だったりするからです。
『誰がJ-POPを救えるか? マスコミが語れない業界盛衰期』では、70年代後半のテレビは接待漬けだったという主旨のことを書きましたが、あの頃はまだやり方が”ベタ”で分かりやすかった。今は巧妙で、外からは分からなくなっている。尊敬していた音楽評論家さんが、実は何年から何年までレコ大の審査員をやっていた――なんて記録を見ると、唖然としますね。
ボク自身も週刊誌時代の『日経エンタテインメント』の編集をしていた頃、月1でレコード会社に呼ばれている時期がありました。仲を深めたいのだろうと思い、誠意を持って対応していたら、あるとき「レコ大の審査員に興味はない?」と誘われて。そのときは単純に関心がなかったので「けっこうです」と答えたんですけど、苦虫を噛み潰したような顔をしていましたね(笑)。
そのとき、分かったんです。「ああ、こうやって一人ひとり抱えていくんだな」と。お金に惹かれてしまう気持ちは分かるけど、信頼している人が引っかかっていると悲しいものです。音楽業界に楯突けなくなってしまうでしょう。そんな状態で、音楽評論が成り立つわけがない。
サイゾー人気記事ランキングすべて見る
イチオシ記事