現代人を襲う新しい恐怖“化学物質過敏症”とは? お蔵出し映画祭グランプリ受賞『いのちの林檎』
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とても恐ろしく、そしてとても美しいドキュメンタリー映画が現在公開中だ。『いのちの林檎』は“化学物質過敏症”という聞き慣れない新しい病気を題材にしている。2009年10月にようやく国が病名を認めたばかりだが、日本人の70万~100万人がこの病気で苦しんでいると言われている。化学物質過敏症に罹ると、ほんのわずかな化学物質に触れるだけで、頭痛、呼吸困難、倦怠感などの症状が出てしまう。排気ガスなど化学物質が溢れる街へ外出することは叶わず、病院に行くことも救急車に乗ることもできない。本作に登場する早苗さんは重度の化学物質過敏症。街で暮らすことができず、母親と共に山から山へと放浪する生活を送る。化学物質まみれの現代社会で、迫害される異教徒のような暮らし続ける母娘の受難の日々をカメラは追う。
キーッ、キーッ、キーッ。甲高い鳥のさえずりが響き渡る。いや、鳥ではない。早苗さんの苦しげな呼吸音だ。早苗さんは学生時代は健康的な女の子だった。だが自宅を新築した際にシックハウスに苦しみ、それからは会社に通うこともできず、自宅に篭るようになった。病名がはっきりしないまま6年間が過ぎ、ようやく化学物質過敏症であることが判明した。人間には化学物質に対する適応力があるが、シックハウスなどをきっかけにそのキャパを一度オーバーしてしまうと化学物質過敏症となり、完治することができないとされている。自宅で静かに暮らしていた早苗さんだが、自宅の前を喫煙者が通っただけでもうダメだ。にこやかに取材を受けていたのに、ぐったりと床に倒れ込んでしまう。トイレに置いてある芳香剤やすれ違う人のシャンプーの匂いも危険。当然ながら農薬や添加物が使用されている食品や消毒された水道水を口にすることは不可能だ。近所のゴルフ場で定期的に散布される除草剤がさらに早苗さんを追い詰める。ゴルフ場の除草剤を減らすよう市長に送った嘆願書には、苦しみでのたうち回る早苗さんの姿を映した映像も同封した。破傷風の恐怖を描いた野村芳太郎監督の『震える舌』(86)も怖かったが、市長宛に送られたこの映像はさらに怖い。人間にとって快適だったはずの現代社会がふいに牙を剥いて襲い掛かる恐怖が映し出されている。
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