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日刊サイゾー トップ > インタビュー  > 来日16年、全盲のスーダン人が“見た”日本とは──『わが盲想』(後編)

来日16年、全盲のスーダン人が“見た”日本とは──『わが盲想』(後編)

――日本では結婚すると奥さんが怖くなるんですけど、アブディンさんのところはどうですか?

アブ 怖くなったというよりは、操られている気がしますね(笑)。

――結婚の翌年の11年に東日本大震災が起きました。スーダンでは地震がほとんど起きないそうですが、地面が揺れることへの恐怖心はあったのですか?

アブ 震災のときの揺れはヤバかったですね。確かにスーダンは地震がありませんが、僕は日本で10年以上暮らして何度も経験しているはずなのに、慌てちゃったよ。アンバランスな感じは、船に乗っている感覚と同じ。いつ止まるんだよと思って。これまでの地震は20秒くらいで止まるものが多かったけど、今回は長かったでしょ。本当に恐ろしかったですね。

――奥さんは、どうだったのでしょうか?

アブ 地震が起きたとき、奥さんは一人で部屋にいたんですが、おなかに赤ちゃんがいたので守らなきゃいけないんだけど、結構冷静だったよ。地震が起きて自宅に駆けつけたら、インターネット電話でマレーシアのいとこに地震の様子を面白そうに話しているのが聞こえて、「大丈夫か?」って聞いたら「大丈夫だよ。怖かったね」って言ってる声が全然怖そうじゃなかったの。

 それでも彼女は臨月の妊婦だから、余震が来たら大変だと思って建物の外に連れ出したんだけど、そこで大きな余震に遭遇したんですよ。もう僕はパニック寸前。何が落ちてくるかとか、どこに電線があるかとか、わからないからね。

 そしたらベンチに座っていた奥さんのほうが「大丈夫?」って声をかけてくれて、本当に冷静でした。

■いま、日本をどう見ているのか?

――来日して16年がたちましたよね。初めて来日したときの印象は、どんな感じでしたか?

アブ 全然言葉を理解できていない状態だったので、最初は日本語を聞いても雑音にしか聞こえませんでした。僕が日本に来た98年は、(社会の空気感として)人が前向きでイケイケモードで、いい流れだった。そういうところに、ちょっと感動していたかな。自分の気分が高まっているから、まわりもそう「見えた」のかもしれないけど。

――日本に来たときと現在では、日本のイメージはどう変わりましたか?

アブ 19歳で日本に来て、いま35歳で、成人してからずっと日本にいるわけだから、日本へのイメージというよりスーダンに対してのイメージが変わったよね。日本の出来事が、よそ(外国)で起きていること――異文化ではない気がするんですよ。普通に自分の国という感じ。

 イメージとは違うかもしれないけど、街に出ていろいろなものとすれ違っても気づかないかわりに、「におい」とか変なものに執着してしまうね。

――日本に来て一番強烈なにおいって、なんでしたか?

アブ 新宿の飲み屋がひしめく地区に行くと、換気扇から厨房のにおいがするでしょ。玉ねぎを炒めているにおいが、ガーッと外に広がっている。あのにおいは耐えられない。気絶しそうになる(笑)。一軒だったらいいんだけど、新宿だと店がズラッと並んでいるから、そういうのはしんどいね。

――生ゴミ臭みたいなことですね。納豆などの食材や料理のにおいはどうですか?

アブ 麻婆豆腐のにおいは嫌いかな。芳しさの中に脂っこさがあって苦手。納豆は大丈夫なんですよ。おいしい。

――新宿のにおいにやられたアブディンさんが感じる、日本の街特有のにおいや音ってありますか?

アブ 僕は日本をあちこち回ったんですよ。北海道と四国以外はだいたい行きました。名古屋、大阪、神戸、福岡、熊本、広島、山形、宮城、福島、群馬、栃木とか。どこでもだいたい街特有のにおいがあるんですよ。新宿でも池袋でも渋谷でも。

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