来日16年、全盲のスーダン人が“見た”日本とは──『わが盲想』(前編)
視覚は情報の7割をもたらすという。では、目が見えない状態で言葉も通じない異国に来たとしたら……? そんな外国人が実際にいるのである。
彼の名はモハメド・オマル・アブディン。網膜色素変性症という病気で少年時代に視力を失った。19歳の時に北アフリカのスーダンから来日し、今年で35歳になる。アブディン氏の初の著作『わが盲想』(ポプラ社)は、驚くべきことにすべて本人の書き下ろしだという。5月に発売されるとさまざまな方面に驚きとともに迎えられ、現在は話題の本として注目されている。
アブディン氏については、どうやって本を書いたの? どうやって日本語を覚えたの?どうやって日本で生活しているの? などなど、とにかく知りたいことは山ほどある。そうなってくると、俄然本人に聞いてみたくなるもの。そこで、さまざまな疑問を片っ端からアブディン氏にぶつけてみた。
――5月に『わが盲想』が出版されて、いろいろと反響があったと思います。聞きたいことはたくさんありますが、まずはアブディンさんのことを知らない人へ向けて、簡単な自己紹介と、どんな本なのか教えてください。
モハメド・オマル・アブディン(以下、アブ) 僕はスーダン出身のモハメド・オマル・アブディンといいます。今は東京外国語大学の大学院生です。日本には19歳の時に来て、まず福井県立盲学校で点字や鍼灸を学び、鍼灸師の国家試験をクリアしました。その後は茨城県つくば市にある筑波技術短期大学を経て、東京外国語大学に入学。いま在籍している外語大の大学院まで含めると、もう学生生活は15年になるよ。そろそろ退職金をもらいたいぐらいですね。
――『わが盲想』が、日本語がペラペラでしかもオヤジギャグをかます盲目の外国人による前代未聞の面白エッセイであることは間違いないと思いますが、そもそも、なぜ日本に来たのですか?
アブ 「なんで日本に来ましたか?」は、一番よくされる質問ですね。数千回も何万回も答えていますよ。最近では、アドリブでありもしないことを言ったりしています。もう面倒だから、あらかじめ録音しておいて、聞かれたらポンとボタンを押して答えたいくらいですね(笑)。
真面目なことを言えば、僕はスーダンの首都のハルツームで生まれて大学まで過ごしていたけど、内戦の影響で政情が不安定になって、大学も閉鎖されてしまって。そんなときに、日本では盲人であっても鍼灸師になれることを知りました。日本は盲人が勉強する環境が整っているので、未来の選択肢があると思って来日を決めたんですよ。
――これも多くの人が疑問に思うでしょうが、本当に自分で書いているんですか? 疑うわけじゃないですが、文章が巧みでギャグもちりばめられていて、信じられないんですけど。
アブ 代筆してくれたりゴーストライターがいたら楽なんだけど、自分で書いていますよ。音声読み上げソフトという特殊なソフトがあって、キーボードを打つと、打った文字を読み上げてくれるんです。たとえば僕が日本語で「ごとうさん」と入力して変換キーを押すと、合成音声が「前後のゴ」「藤の花のフジ」と読み上げてくれるので、正しい漢字が読み上げられたところでエンターを押して確定する。音に頼ったやり方で、画面は一切見ずに書いています。
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