えっ、小泉麻耶が身障者専門のデリヘル嬢に!? “性”のバリアフリー化『暗闇から手をのばせ』
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彼にとって風俗遊びは命懸けだった。
自主映画として本作を完成させたのは、これがデビュー作となる戸田幸宏監督。出版社の編集者、漫画の原作者などを経て、現在はNHKの子会社である製作会社NHKエンタープライズに所属し、ドキュメンタリー番組を手掛けている。実は本作もドキュメンタリー番組にするつもりで、大阪にある障害者専門の派遣風俗店「ハニーリップ」を数回にわたって取材していた。「ハニーリップ」の経営者は介護施設の職員でもあり、同世代の若い身障者たちの最期を看取るうちに「あいつ、生きてるうちにキスくらいしたんやろか」と思うようになり、身障者向けの風俗サービスを考え付いた。身障者の家族たちからは「寝た子を起こすな」と罵倒されたそうだ。身障者の本音と身障者を取り巻く環境を赤裸々に描いたドキュメンタリー番組になるはずだったが、残念なことにNHKではこの企画は採用されなかった。でも「あるものをないことにはできない」と戸田監督は取材した内容を劇映画として構成し直す。
難航することが予測された主人公・沙織役のキャスティングだったが、グラビアアイドルとして活躍し、女優への本格的転身を図っていた小泉麻耶がこの難役のオファーを快諾した。自主映画ゆえスムーズに撮影開始とは運ばず、撮影までに生じた半年間の猶予を使って、小泉は風俗嬢らを自分から積極的に取材するなどして役づくりの時間に当てた。それまで漠然と生きてきた沙織だが、身障者専門のデリヘル嬢として働き始めたことをきっかけに、自分の中の眠っていた感情が湧き上がってくるのを実感する。小泉は「この役は私だ」と感じたそうだ。感情をあまり表に出さない沙織だったが、ホーキング青山演じる常連客のアドリブトークに思わず表情を崩す。演技ではない、小泉の素顔がさらされる。小泉にハグされたホーキングも本気でうれしそうだ。演技とはいえ、肌と肌を合わせた2人の表情がどんどん和らいでいく。
小泉麻耶やホーキング青山らが台本上のキャラクターに息を吹き込むことでフィクションともドキュメンタリーとも判別できないものへと膨らんでいき、戸田監督が当初考えていたイメージとは異なる作品に変わっていったようだ。身障者の性というタブー視されがちな題材を扱っているが、表情の乏しかった主人公が生活スタイルも人生観も多種多様な人々と触れ合い、心をバリアフリー化していく姿が心地よい。偏見と無知と性欲まみれのドブ池に、かれんなハスの花がぽんッと咲いた。そんな清涼感がラストに漂う。
(文=長野辰次)
『暗闇から手をのばせ』
監督・脚本/戸田幸宏 主題歌・挿入歌/転校生 出演/小泉麻耶、津田寛治、森山晶之、管勇毅、松浦佐知子、ホーキング青山、モロ師岡 配給/SPOTTED PRODUCTIONS 3月23日より渋谷ユーロスペースにてレイトショー公開中 (c)2013戸田幸宏事務所
<http://www.kurayamikara.com>
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