ラブストーリーってホント? 緘口令で情報管理!? 村上春樹新刊の”中身”
#本 #小説 #村上春樹 #文藝春秋
2月16日、あの村上春樹氏の新刊が発売されることが、文藝春秋より発表された。小説なのか? 初版はいきなり数十万部なのか? ノーベル賞級大作家の新刊とあって、色めき立つ出版業界に書店業界。そんな“ハルキ狂騒曲”の向こうに垣間見える、新刊の本当の“中身”とはいったい──?
この出版不況の中、ノーベル賞候補としても名前が挙がり、代表作『ノルウェイの森』(講談社)が単行本・文庫本を含めて累計1000万部超えを記録するなど、過去に類を見ないヒットを飛ばし続けている村上春樹。純文学、長編、上下巻(複数巻)という出版界のタブー(=売れない要素)を軽々と打ち破っている稀有な作家といえる。
その村上氏の新刊が文藝春秋から4月に出版されると告知されたのは、2月16日。その後、2月28日には、村上氏のメッセージが発表され、長編小説であることが明らかになった。だが、それ以外の情報については、3月4日現在まったく明らかになっていない。いったいどんな小説なのか?
文春社員数名に当たったが、かん口令が敷かれているのか、本当に社員にも詳細が明かされていないのか、みなノーコメント。
新刊情報の発信元である文春宣伝プロモーション局に問い合わせたところ、「貴誌発売の3月18日までには、あらためて具体的な情報を出せる予定です」とのみ回答があった。情報が厳しく制限されているようである。
それならばと書店関係者に取材を試みるも、公になっている情報以外、タイトルも価格も何も知らされていないという。
「第一報が出たときは、文春の営業さんすら何も知らなかったそうです。関係者から発売日は4月後半になるという噂は聞きましたが、それ以外は何も知りません。詳細を知っているのは、文春社長と担当編集者しかいないんじゃないでしょうか」(大手書店員)
このように、発売日まで情報を制限する売り出し方は、2009年5月29日に新潮社から発売された『1Q84』(BOOK1、BOOK2)の手法を踏襲しているともいえる。当時新潮社は、タイトル、価格、全2巻といった情報を告知したのみで、詳細は発売まで一切明かさなかった。
「情報を制限することで希少性を煽り、消費者に飢餓感を与えることで『欲しい』と思わせる”ハングリーマーケット”を生み出すつもりだったんでしょう」と、ある出版関係者は語る。
その手法が功を奏し、同書は注文が殺到。初版は『BOOK1』が20万部、『BOOK2』が18万部だったが、発売前に重版が決定。6月2日には『BOOK1』『BOOK2』で合計85万部を記録。想像を超える売り上げに、納品が間に合わず、品切れ店が続出するという事態に陥った。さらに発売から約1カ月後の7月1日には『BOOK1』が、7月23日には『BOOK2』が見事ミリオンを達成したのである。
10年4月16日に発売した『BOOK3』は、初版50万部で発売。初版を大幅に増やしたのは、機会ロスを防ぐためだという。『BOOK3』も発売前に重版が決定し、約10日後の4月27日には早くも100万部を達成した。
ハングリーマーケットを作るこうした手法について一部では「戦略的」などと揶揄されもしたが、村上氏は『考える人』(新潮社)に掲載されたロングインタビューでそれを否定。この手法を採ったのは、長編小説『海辺のカフカ』(02年、新潮社)の発売前は、出版後すぐに書評が出るようプルーフ(見本用の仮とじ本)をメディア関係者に配ったが、みなが足並みを揃えるためか、結局書評が出たのは他作品と同じように発売1カ月後だったことが理由だという。
「結局、プルーフを先につくってもなんの意味もないんだとわかった。だから、『1Q84』のときはとくに何もせず、ただシンプルにそのまますっと本を出しました。秘密主義もなにも、ほかの本と同じように普通に出しただけです」
「事前に内容を明かさなかったというのも、僕の決めたことではないけれど、そもそも考えてみれば、事前にそんなもの発表する必要なんかどこにもないわけで、それを戦略だとかなんだとか言われるのは腑に落ちないですよね。それくらいのことで本が売れるのなら、みんなとっくにそうやっています」(いずれも「考える人」10年夏号より)
また新潮社側は、読者から「事前に内容を知らせないでほしい」と要望があったためともしている。
しかし、似た手法をそのまま繰り返している文春の場合、”戦略”だといわれても致し方あるまい。事実、効果てきめん、各書店では早くも色めき立っているようだ。
「今度は、品切れとなった『BOOK1』の轍を踏まないようにします。当店では『BOOK3』だけで1000冊以上売れましたか ら、新刊は少なくとも初日に600~700冊は欲しいですね。いまどきこんなに仕入れるのは、村上氏の小説以外にありません。ほかの作家さんはみな、その10分の1以下ですよ。すでに予約受付中のポップも作りました。残念ながら、まだ予約は入っていませんが……でも絶対に売れるので大丈夫」(大手書店員)
有名な作家でも初版1万部に満たないことはザラの昨今。12年に最もヒットした文芸書は、三浦しをんの『舟を編む』(光文社、本屋大賞受賞作)で、約58万部。この数字もじゅうぶん素晴らしいが、それでも村上氏の作品に比べれば桁が違う。書店側がその新刊に多大な期待を寄せてしまうのも当然だろう。だが、あまりの過熱ぶりに一部では不安の声もある。
「4月9日に発表される本屋大賞と時期がかぶることが心配です。『1Q84』のときは”ハルキ一色”になってしまい、3日前に発売された桐野夏生さんの『IN』(集英社)がかすんでしまって関係者は怒っていたようです。今回も、本屋大賞受賞作が村上氏の新刊のせいで割を食わなければいいのですが……」(中規模書店員)
「中小の出版社は困りますね。数十万部の書籍を全国一斉に発売するため、流通が村上氏の新刊でパンクしてしまい、ほかの新刊の配本作業がストップする可能性が高いんです。『ハリー・ポッター』シリーズや『1Q84』発売時も、他社の新刊が後回しにされることがありました」(取次会社社員)
さらに書店には別の煩わしさも。
「大量の部数を刷りますから、なるべく返品率を下げるため、定価のうち書店の取り分をアップする代わりに返品の際に書店に相応の負担を求める”責任販売制”を文春が採る可能性もあります。この制度は、小学館の図鑑など大手出版社の高額商品では以前からよく採用されており、齋藤智裕(水嶋ヒロ)の『KAGEROU』(ポプラ社)でも採用され注目を集めました」(取次会社社員) “ハルキの新刊発売”というお祭り、ただ騒いでばかりはいられないのである。
11年のカタルーニャ国際賞でのスピーチでは原発問題に触れ、尖閣諸島、竹島紛争問題では「魂が行き来する道筋を塞いでしまってはならない」という文章を朝日新聞に寄稿するなど、要所要所で社会的な発言もある村上氏。「ノーベル賞狙い」などと皮肉を言う者もいるが、ミリオンを狙うなら、社会的かつ寓話的だった小説『海辺のカフカ』(新潮社/上下巻合わせて約73万部)よりも、『ノルウェイの森』や『1Q84』のようなラブストーリー系の作品のほうが間口が広くウケがいい気も。
「新刊に関する村上氏のコメントに、『短い小説を書こうと思って書き出したのだけど、書いているうちに自然に長いものになっていきました。僕の場合そういうことってあまりなくて、そういえば『ノルウェイの森』以来かな』とありましたから、ラブストーリーであることを願っています(笑)」(大手書店員)
狙うはノーベル賞か、ミリオンか。発売日が待たれる。
(文/安楽由紀子)
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