コミケがなくなっても、戻れる場はあった──100回を迎えた同人誌即売会・MGMの意義
この時期にアニメブームなどの影響で、ファン同人誌や二次創作が急増したことや、その後のコミックマーケットの分裂騒動など断片的な情報は、コミックマーケット準備会が発行した『コミックマーケット30’sファイル──1975-2005』(コミックマーケット30周年を記念したコミケットスペシャル4の際に発行)などにも記載されている。
しかし、当時の同人誌即売会の状況を記した文献はほとんどない。今回、MGM100のパンフレットでは、81年春、コミックマーケット17の際の亜庭氏の発言、高宮成河氏(コミックマーケット創成のメンバーであると共に「漫金超」編集長としても知られる)が寄せた文章「あの頃……雑感」を掲載し、コミックマーケットの拡大とMGMの立ち上げは、切り離せないものだったことを、(おそらくは初めて)記している。
この文章の中で、高宮氏は亜庭氏がMGMで目指したものは、コミックマーケットを始めた頃の原点に戻ることだったと記している。70年代末から80年代初頭、ファン同人誌や二次創作(さらには、ロリコン同人誌)が増加して、コミックマーケットは規模を拡大していった。そして、そこには分裂騒動に見られるように組織が崩壊する危惧もつきまとっていた。その中でMGMが果たした役割は、高宮氏は「少なくともコミケットが仮に潰れたとしても、別に創作同人誌即売会が存続していれば、その部分だけでも救い出せることになるはずだった」と言及し、その上で「米やんはMGMはコミケットの保険だと言ってたよ」との、ベルさん(故・米澤嘉博氏夫人)の言葉を紹介する。
つまり、開催規模はどんどんかけ離れたものになっていったが、背景にいつでも戻ることのできる理念を守る場があることが、規模を拡大していくコミックマーケットに安心感を与えていたのだと見ることができる。
と、論評を交えて紹介してみたが、高宮氏の次に記された原田氏の「まんが同人誌と“日常”」を含め、同人誌即売会を創成した人々による「同人誌即売会とは何か」という問いは、重い(適当な言葉が見つからないが、参加者にとっても、趣味の本を買うため、売るための先のなにかがあるはずだ)。今や、同人誌即売会は日本社会の中で、ごく当たり前の存在になりつつある。この日常となった「場」が、これからどのようになっていくのか。それを考えるには、もっともっと、このような歴史の当事者たちの言葉を集めなくてはならないのではないかと、率直に感じる。
(取材・文=昼間たかし)
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