“明るい不登校児”のガラパゴスな団地ライフ! 中村義洋監督の箱庭映画『みなさん、さようなら』
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職人としての腕は確かだが、庶民の味にこだわりスイーツの高級化に対応できない。
職住近接を謳った郊外のニュータウンは高度経済成長時代に“理想の未来都市”としてデザインされた。公団マンションは低所得者にとってはモダンな西洋的ライフスタイルが享受できる憧れの居住空間として高倍率を誇った。多摩ニュータウンをモデルにした『耳をすませば』(95)でプロデューサーを務めた宮崎駿監督は「三鷹天命反転住宅」などで知られる美術家・荒川修作とコラボレーションし、理想的な賃貸住宅群によって構成された街づくりを一時期は本気で考えていた。コンクリートで作られた新しい街は、住民たちの自治によって運営される暮らしやすいユートピアになるはずだった。だが、海外で社会主義国が次々と崩壊していくのと同調するように、日本はバブル経済へと突入。物が溢れる豊かな社会の中で、狭苦しく画一的な団地ライフは時代遅れなものとなっていく。前近代的な村社会から、個人が尊重される核家族の時代に変わったことのシンボルだった団地だが、社会の最小単位だった家庭さえもぶっ壊れてしまい、地域社会そのものが成り立たなくなってしまった。白く輝いていたマンションはペンキのはがれやひび割れが目立ち、空室が増え始めた。夜のパトロールに出掛けた悟には、団地のむせび泣く声が聞こえるような気がする。
『みなさん、さようなら』はひとりの男の17年間にわたる成長を描いたおかしくも切ない青春コメディだが、高度経済成長後の日本社会そのものを描いた箱庭的な物語でもある。団地で生まれ育った悟は団地内にある小さなケーキ屋で職人になることで、仕事を通じて現実社会に触れていく。同じ団地で暮らす女の子に恋をすることで人生を学んでいく。そんな悟のゆっくりとした成長を、シングルマザーのひーさんと団地はいつも静かに見守ってくれていた。国際情勢に疎いが何事にも一生懸命な悟は、小さな島国で穏やかに暮らす日本人そのものだ。できれば、ずっとずっと自分の愛する人、大切な人たちと一緒に暮らし続けたい。でも、時代は否応なしに流れていき、不況の波や国際化の波が悟の暮らす団地にも押し寄せている。変わりゆく時代の中で、悟と団地はどうなっていくのか。少年と呼べる季節を過ぎた悟の今後の姿を想い浮かべることは、日本社会がこれからがどうなるかを考えることでもある。
(文=長野辰次)
『みなさん、さようなら』
原作/久保寺健彦 脚本/林民夫、中村義洋 監督/中村義洋 主題歌/エレファントカシマシ「sweet memory」 出演/濱田岳、倉科カナ、永山絢斗、波瑠、田中圭、ベンガル、大塚寧々 配給/ファントム・フィルム 1月26日(土)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー
(c)2012「みなさん、さようなら」製作委員会 <http://minasan-movie.com>
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