ノスタルジーな酒場風景に酔う『コの字酒場はワンダーランド』
#本
六耀社
いまだかつてここまでマニアックな酒場エッセーがあっただろうか?
女神、家族、ライブ、旅、船、酒、モツ……そしてコの字型カウンター? コの字酒場探検家を名乗るライター・加藤ジャンプが記した『コの字酒場はワンダーランド』(六耀社)は奇妙で酔えて泣ける酒場写真エッセー集だ。
著者が「コの字酒場」と呼んでいるのは、店の中にコの字型のカウンターがある店のこと(著者によるとL字型カウンターは永遠のライバルだそうだ)。そんな形をしたカウンターなら吉◯家にだってあるよ、と思う人も多いだろう。だが著者によると、「コの字酒場の妙は人のふれあいにある」のだそうだ。それもコの字型という独特の形ゆえに生じるものだという……ホントかよ、という気もするが読み進めると不思議に納得してしまうのだ。
本書は、そんなふれあいに満ちたコの字酒場12軒それぞれにまつわる笑えて泣ける話(著者の個人的体験が酒好きなら「ある、ある」と頷ける話ばかりでまた笑える)と、これが現代の光景なのか、と疑いたくなるノスタルジックな写真(写真家・有高唯之の生っぽい写真が熱い)で構成されている。それにしても、その偏愛ぶりが凄い。
著者のコの字酒場を論じる切り口は、女神、家族、ライブと縦横無尽にわたり、エッセーであると同時に酒場論としても読ませる。檜のコの字カウンターに似合うのは淡島千景、集成材は京塚昌子とコの字カウンターと女優の組み合わせでカウンターの素材を論じたかと思えば、ニール・ヤングやソウル・フラワー・ユニオンまで引き合いにだしてコの字酒場のBGMを考察する。
ついには、コの字カウンター好きが高じて、コの字カンターの内側に入り込むは、カウンター磨きを定休日に見にいくわ、と最早誰にも止められない状態。著者は41歳だそうだが、すでにコの字酒場探検歴は「四半世紀近く」というから、中学生くらいからコの字酒場に入り浸りということになる……いいのか? と疑問も浮かぶが、そういう野暮なことを聞かない、それでいて深くしみるコミュニケーションこそ、コの字酒場に似合うことは、本書を読めば納得だ。
実際、この本に出てくるようなディープな雰囲気の店は苦手な人もいるだろう。だが、そういう人ほど、この本で紹介されている世界に、一度足を踏み入れたらどっぷりはまりそうな気がする。コミュニケーション不全の現代だからこそ、思い切って縄のれんをくぐってコの字酒場で酔ってみたくなる不思議な一冊だ。
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