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日刊サイゾー トップ > その他  > スラップ訴訟で見た出版界の病巣
パロディという表現活動を抑圧する著作権訴訟

『完全自殺マニア』スラップ訴訟で見た、出版界“本当の”病巣

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『完全自殺マニア』スラップ訴訟で見た、出版界“本当の”病巣 – Business Journal(12月4日)

完全自殺マニュアル、完全自殺マニア(左)『完全自殺マニュアル』(太田出版)
(右)『完全自殺マニア』(社会評論社)

 今年5月に社会評論社が出版した『完全自殺マニア』の表紙カバーが『完全自殺マニュアル』(太田出版)の著作権を侵害しているとして、太田出版が頒布差し止めの仮処分を申し立てていたが、東京地裁はこのほど申立てを却下する決定を下した。その後、太田出版は書店に『完全自殺マニア』がほとんど置いていないことを理由に抗告せず、事件は一段落した。

 今回ここでは、本事件の決定の内容からパロディ表現と著作権侵害の線引きについて考えてみたい。

●東京地裁申し立て却下の内容をおさらい

 まず、東京地裁が申立て却下の決定を下した理由をみてみよう。

「債務者カバー(『完全自殺マニア』)が債権者カバー(『完全自殺マニュアル』)に依拠したものであることは認められるものの、債務者カバーと債権者カバーとの共通部分は、いずれも表現それ自体ではない部分か、あるいは表現上の創作性が認められない部分であり、しかも、全体的にみても、債務者カバーが債権者カバーの表現上の本質的な特徴を直接感得させるものであるとは認められない」

 上記の内容を要約すると……

(1)『完全自殺マニア』のカバーは『完全自殺マニュアル』のカバーに依拠したものである。
(2)両カバーの共通部分を個別に比べてみても、その個別は表現ではない、あるいは表現であっても創作性はない。
(3)さらに両者のカバーの全体を見比べても、同じものとは感じ取れない。

 ゆえに、『完全自殺マニア』のカバーは『完全自殺マニュアル』のカバーを翻案したものではないから、申立ては却下するということである。

●太田出版側の申し立てが却下された過程は……?

 次にこの決定を導き出していく過程を見ていこう。まず、この仮処分事件の争点は3つある。

(ア)債務者カバー(『完全自殺マニア』)は債権者カバー『完全自殺マニュアル』を翻案したものか否か。
(イ)パロディによる違法性阻却。
(ウ)差し止めの必要性はあるか。

 今回、東京地裁は(ア)の段階で翻案ではないとし、(イ)(ウ)は検討するまでもないとの決定に至った。

 では、(ア)について具体的にどのような争いとなったのか?

 基本的に裁判は、この案件に関する同様の事件・ケースの判例を元にして、争点を判断するポイントがどこになるかを、双方が主張し合うという手順で進められる。今回の案件では、2001年に判決が出た江差追分事件(著作権のひとつである翻案権の侵害有無が争われた民事訴訟事件)の判例に沿って、双方が主張を巡らせた。

 そのポイントとなったのが、

(A)作品に対する依拠性
(B)共通部分における『完全自殺マニュアル』カバーの創作性
(C)表現上の本質的特徴の感得の可否

 である。

 まず、(A)についてはパロディであるから依拠性ありと裁判所は判定した(社会評論社は依拠性なしと主張)。続いて、(B)であるが、表紙中央部分に金赤の色が箔押しされている縦長の6角形のイラスト、その6角形のイラストの内部の題号の色と書体、表紙の右端の題号の英訳など、表紙部分で7カ所、背表紙で5カ所、裏表紙で4カ所、合計16カ所の共通部分を抽出。東京地裁は16カ所すべてのイラストや表現を検討したが、

 「ありふれたもの」
 「特徴的なものとはいえない」
 「個性を有するものではない」

などと、『完全自殺マニュアル』の創作性を一切認めなかった。さらに、「アイデアなど表現それ自体でない部分または表現上の創作性がない部分において同一性を有するにすぎない」と切り捨てている。

 最後に(C)であるが、(B)において共通部分に創作性がないうえ、表紙の6角形のイラストの両脇に描かれた棺桶(マニュアル)と墓石&位牌(マニア)、裏表紙の十字(マニュアル)と卍(マニア)について、両者の表現の相違は明らかと指摘。「カバー全体から受ける印象は相当異なる」とまで断言した。

 以上が自殺本パロディ事件の決定の内容である。今回は、棺桶に対して墓石&位牌、十字に対して卍という表現が相当異なったイラストであったことなどから、一定程度のパロディを認めつつ、著作権侵害ではないとする決定に至った。さらに、太田出版も理由はどうであれ、抗告せずとの判断を下した。

●パロディ作品は著作権の侵害なのか?

 しかし、パロディ表現が抱える根深い問題が解決されたわけではない。なぜなら、01年に翻案とパロディをめぐって起きた『チーズはどこへ消えた?』(扶桑社)事件(当時大ヒットした『チーズはどこへ消えた?』を模倣した『バターはどこへ溶けた』が道出版から発売。扶桑社が東京地裁に出版差し止めの仮処分を申し立てた)でも、パロディと原著作者の権利関係を解明する試みが行われなかった。その後に起こったパロディ関連事件として注目された今回のケースにおいても、パロディと著作権というテーマに至る前に決定が下されてしまった。

 日本では、『チーズ〜』事件のように、ある著作物を真似て風刺・批評を行うパロディという表現は文学的には認められても、著作権法上では元となった著作物の権利は守られるべき、という判例(考え方)が一般的となっている。つまり、パロディという表現は、著作権者保護のために制約を受けるという考え方なのだ。

 一方、アメリカではフェアユースという考え方があるほか、フランスではパロディ法までが制定されている。表現の自由という観点からパロディに一定の権利を与えているのである。日本でもこのフェアユースの導入が文化庁で検討されているのだが、残念ながら、その議論からパロディは外されている。その理由は「検討すべき重要な論点が多く存在する」からだそうだ。

 これまでもパロディ作品とその著作権を争う裁判は何度もあった。しかし、司法はそれを避けてきた。行政も同じ理由で先延ばしにしている。立法府に至ってはもっと期待は薄いのが現状だ。

 今回の社会評論社のように、社員が少ない出版社にとって裁判は大きな負担だ。それを狙って、著作権法や不正競争防止法で、パロディという表現方法を封じ込めようと考える人が出てきてしまう(太田出版がそうだとは言わないが)。そうなれば、パロディによる風刺・批評という表現活動を委縮させることになる。

 文化庁は一刻も早く、パロディの保護のためのルールを検討すべきだろう。
(文=碇 泰三)

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最終更新:2012/12/06 07:00
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