「どうしてこうなった……」悪意の進化を遂げた自然の脅威『邪悪な虫』『邪悪な植物』
#本
男子は、小学生の頃、昆虫採集や植物採集に入れ込む。虫取り網を振り回しながら、雑木林で見つけた見慣れない植物に興味を示す。かつての原風景として、そんなイメージが心に浮かぶ人も多いだろう。あの頃に戻りたい……と、かなわぬ望みを抱くかもしれない。
しかし、朝日出版社から出版された『邪悪な虫』『邪悪な植物』に目を通せば、そのような考えは改めなければならない……。ガーデニング誌の編集にも携わる作家エイミー・スチュワートが記した本書は、毒や害のある虫と植物の数々を解説。そのグロテスクにも思える挿絵と相まって、読者に強烈なインパクトを与え、なんとニューヨークタイムズのベストセラーにまでランクインしてしまった。
世界中に100万種が分類されている昆虫のうち、『邪悪な虫』には34種の恐ろしい虫が掲載されている。日本人にも馴染み深いオオスズメバチをはじめ、西アフリカで3人に1人を失明に追い込んでいたブヨ、新大陸を発見したコロンブス一行を苦しめたスナノミ、ペストを伝染させるケオプスネズミノミなど、そこには目を覆いたくなるばかりの昆虫たちの悪行が記されている。
かみ付き、寄生し、病気を媒介し、化学物質をまき散らし……と、彼らの人間に対する邪悪さは枚挙にいとまがない。世界中であらゆる虫たちが、それぞれ天敵から身を守るために、さまざまな進化を遂げたのだ。
そもそも昆虫は植物の受粉に役立ち、落ち葉やほかの生物を土に還す、生態系の中ではとても重要な存在である。その働きぶりは「昆虫なしでは人間も生きてこられなかった」と著者も認めるところだ。しかし、それを理解した上で、本書では「背筋がゾクゾクするようなスリル」を届けたいというのだから趣味が悪い。虫たちの世界は、解説を読んでいるだけで、常識はずれで、好奇心をそそられ、なおかつ、かなり嫌な気持ちにさせられる。
一方の『邪悪な植物』も負けていない。
摂取すれば、神経麻痺を引き起こすトリカブト、マンドラゴラの異名で知られ、古代ギリシャでは媚薬として用いられたマンドレイク、アメリカに入植したイギリス兵を狂乱状態に陥れたチョウセンアサガオなど、人間にとってささやかではない影響をもたらす植物たちのオンパレード。また、監訳者が、ジャンキー小説家ウィリアム・バロウズの著作翻訳で知られる山形浩生氏とあって、大麻やコカイン、アヤワスカなどのドラッグ系の植物の解説も充実している。ただし、本書を読めば、間違ってもそれらの植物に手を出したくはなくなるだろう。
現代の都市に生活していれば、昆虫も植物も、人間にとっては、ほんのささやかな存在である、という先入観がある。だが、昆虫たちは世界中で人間を襲い、作物を荒らす。植物はその毒で人間を自然から遠ざけ、その身を守っている。彼らの恐るべき邪悪さに比べれば、人間などなんとちっぽけなものかとすら思えるだろう。
「怖がらせて自然を敬遠させるためではない」という著者の意に反して、『邪悪な虫』『邪悪な植物』を読んでいると、どんなに気候がよくても、一歩も家から出ずに、部屋で「本の虫」として過ごすのが、一番なのではないかと思えてくる……。
(文=萩原雄太[かもめマシーン])
●エイミー・スチュワート
ニューヨークタイムズ紙やワシントンポスト紙をはじめとする数々の新聞・雑誌に、主に園芸・自然に関するコラムを寄稿。邦訳書に、『ミミズの話――人類にとっての重要な生きもの』(今西康子訳、飛鳥新社、2010)、『人はなぜ、こんなにも庭仕事で幸せになれるのか――初めての庭の物語』(J・ユンカーマン、松本薫訳、主婦と生活社、2002)がある。
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