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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.198

ハリウッドの頑固オヤジがたどり着いた好々爺の境地! イーストウッド、4年ぶりの主演作『人生の特等席』

jinseinotokutoseki3.jpgライバル球団のスカウトマンであるジョニー(ジャスティン・ティンバーレイク)。
かつてはガスがスカウトした有望選手だった。

 しかし、イーストウッドの熱烈なファンは、少なからず不満を感じるかもしれない。イーストウッド主演の、いかにもイーストウッド作品らしいオールドアメリカンな風景が広がる。だが、そこには何かが足りない。ここでようやく、本作はイーストウッド主演作ではあるが、イーストウッド監督作ではないことを思い出す。幾つかのイーストウッド監督作を振り返るだけでも、何が足りないかは一目瞭然だ。『ミリオンダラー・ベイビー』の女性ボクサーにはリング上での栄光と引き換えに大きな代償を与えた。『硫黄島からの手紙』(06)では孤島での玉砕を命じられた日本兵たちの追い詰められた狂気を描いた。『J・エドガー』(11)に至ってはFBI初代長官に扮したディカプリオが存分に変態ぶりを発揮した。イーストウッド監督作の中では安直な駄作とされるバディアクションもの『ルーキー』(90)でさえ、イーストウッド演じる主人公の刑事が窃盗団の情婦(ソニア・ブラガ)に逆レイプされるというアブノーマルなシーンが盛り込んである。イーストウッドが主演を兼ねていると彼の颯爽としたかっこよさに目を奪われがちだったが、イーストウッド監督作のコア部分を形成しているのは猛烈なる“毒素”だったことが分かる。

 ハリウッドきっての大物スターとして威厳と貫禄を漂わせるイーストウッドだが、私生活では必ずしも聖人君子で通してきたわけではない。『マンハッタン無宿』(68)『ダーティハリー』(71)でイーストウッドをスターに育て上げた“師匠”ドン・シーゲル監督とは『アルカトラズからの脱出』(79)以降、距離を置くようになってしまった。『ガントレット』(77)『ダーティファイター』(78)などで共演した女優ソンドラ・ロックとの“大人の関係”は泥沼裁判となり、イーストウッドを怒らせた女としてソンドラ・ロックは表舞台から消え去ることになった。『アルカトラズからの脱出』でイーストウッドに気に入られた脚本家のリチャード・タッグルは『タイトロープ』(84)の監督に抜擢されるが、撮影初日にまごついた仕草を見せたためにメガホンをイーストウッドに取り上げられてしまう。イーストウッドは離れた場所から眺めると眩しく輝く大スターなのだが、不用意に近づくと彼が体内に溜め込んだ猛毒を浴びるはめに陥る。イーストウッドは自分の中に抱え込んだ毒素をうまくコントロールすることで、神懸かり的な映画監督になりえた。聖人君子ではなく、あくまでも生身の表現者なのだ。

 黒澤明監督に28年間師事した小泉堯史監督のデビュー作『雨あがる』(00)を観たときに、悪い映画ではないけれどアクのない精進料理みたいだなと感じた。『マディソン郡の橋』(95)で助監督に就いて以降、イーストウッド作品の製作スタッフを務めてきたロバート・ロレンツ監督のデビュー作となった本作にも同じものを感じる。映画監督としてのノウハウ的なことは現場を共にすることで盗むことができるが、イーストウッドが内面に抱え込んだ毒素まではロレンツ監督は受け継いでいないし、それは受け継ぐべきものではないだろう。ひどく遠回りになってしまったが、それゆえに『人生の特等席』は安心して観ることができる。表現者としての毒をほぼ出し切ったらしく、好々爺然としたイーストウッドが屈託なく笑う姿にホッとさせられる。それと同時に、イーストウッド監督は今のハリウッドにおいて非常に特殊な映像作家であることも再認識させてくれるのだ。
(文=長野辰次)

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『人生の特等席』
製作/クリント・イーストウッド 監督/ロバート・ロレンツ 出演/クリント・イーストウッド、エイミー・アダムス、ジャスティン・ティンバーレイク、ジョン・グッドマン 配給/ワーナー・ブラザース映画 
11月23日(金)より丸の内ピカデリーほか全国ロードショー公開 
(c)2012 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.
<http://wwws.warnerbros.co.jp/troublewiththecurve>

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