“無意識の湖”に身を投じたユングと女性患者の行方──クローネンバーグの恋愛サスペンス『危険なメソッド』
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ユング(マイケル・ファスベンダー)だが、ユングは神秘主義、錬金術へ傾倒する。
その一方、ユングはそれまで手紙でやりとりをしていたフロイト(ヴィゴ・モーテンセン)に対面し、フロイトから「自分の後継者だ」と呼ばれるほどの寵愛を受ける。ユダヤ人で無宗教だったフロイトは医学界で極めて異端な存在で、チューリヒ大学に勤めるスイス人のユングが自分の学説を支持してくれていることは政治的に大きな意味があったのだ。エマ(サラ・ガドン)という愛妻がいながら、破滅になりかねないユダヤ人患者との不倫愛に走るユングを、フロイトはなだめようとする。しかし、フロイトとユングの蜜月期間もそう長くは続かなかった。ユングは次第に“超心理”への関心を深めていき、“超心理”を否定するフロイトとの間に大きな溝が生じていく。ユングとザビーナの男女の関係が、フロイトとユングの師弟関係が、それぞれの家庭環境、学界の事情、そして自我の増長によって揺れ動き、バランスを失っていく。
ヴィゴ・モーテンセンはクローネンバーグの世界を体現化する重要な俳優だ。『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(05)ではヴィゴ演じる父親の過去を知った家族の意識が変容していった。『イースタン・プロミス』では裏社会で暮らしていく中でロシアン・マフィアと同化していく。本作ではヴィゴ扮するフロイトが創り出した“精神分析”の世界で、愛憎の物語が展開される。その当事者であるユングとザビーナが男と女の関係へと踏み出す際のトリガーの役目を果たすのは、『イースタン・プロミス』にも出ていた個性派俳優ヴァンサン・カッセル。カッセル演じるグロスも優秀で野心的な精神科医だが、薬物に溺れてしまって自分が治療を受ける側になってしまった。ユングはグロスにも談話療法を試みるが、グロスは一夫一妻制を否定する快楽主義者。「患者と寝たことはあるか?」「快楽を拒むな」「衝動に降伏しろ」とグロスは囁く。言葉の毒がユングを蝕む。もうユングは心の奥底から欲望が突き上げてくるのを抑えることができない。ユングがザビーナの下宿先へと向かうと、彼女はユングがドアをノックするのをずっと待っていた。父親と同じようにユングにぶたれたザビーナは歓喜に悶え、乳首をカチンカチンに硬くする。2人は医者と患者、先生と教え子という束縛を棄てて、快楽という名の湖へと身を投じる。
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