園子温が描く“希望のない国”に残された希望とは?「後から嘆くのではなく、今やるべきことがあるはず」
#映画 #インタビュー #園子温
娯楽作品も撮りながら、被災地に通い続けるつもりです」と語る。
常にその言動が波紋を呼ぶ映画監督・園子温。彼の作品において“エロス&バイオレンス”は物語を突き動かす大きな要因となっていたが、最新作『希望の国』では原発事故という“社会の暴力”に真っ正面から向き合っている。被災地を自分の足で回り、避難所で暮らす人たちの生の声に耳を傾けるなど丹念に取材して脚本を書き上げ、これまでの園作品とはひと味違った作風となった本作。そのことに戸惑うファンもいるかもしれない。しかし、常に新しいスタイルを提示してみせる姿こそ、園子温そのものだろう。“映画には社会を変える力がある”ことを肯定し、「今回でおしまいにできない。原発が全廃されるまで撮り続ける」と言明する。徹夜明けのまま取材に応じてくれた園監督のストレートな言葉の数々を味わってほしい。
──前作『ヒミズ』(11)に続いて被災地を舞台にした最新作『希望の国』。“原発問題”というタブーに正面から挑むのと同時に、これまでの園子温作品になく邦画らしい邦画の雰囲気を持つ作品に仕上がっていますね。
園子温 ティーザーのキャッチコピーに「タブーに挑む」と入っていますが、自分としては、特にそういう意識はなかったんです。単純に自分がそのとき撮りたいと思ったものを撮っただけなんです。原発の映画を撮りたい、という率直な想いで作った作品です。原発問題を扱ったドキュメンタリーはすでに何本かありますが、やっぱりドキュメンタリーではある種の限界があると思うんです。当事者たちをインタビューばかりしていても、「その話はもう聞いたよ」になっちゃう。でも、まだ劇映画は作られていない。だから作ったんです。タブーを扱った社会派ドラマを狙ったわけではないんです。
──園監督は『紀子の食卓』(05)以降、『愛のむきだし』(08)、『冷たい熱帯魚』(11)、『恋の罪』(11)、そして『ヒミズ』と“空洞化した家庭”の悲劇を描いてきたわけですが、『希望の国』は原発事故によって引き離される温かい家族の物語となっている点が意外でした。
園 そうですね。『紀子の食卓』の場合は家庭が内部から崩壊していくんですが、今回は外からの圧力で潰されていくわけです。『紀子の食卓』とは家庭の在り方が逆転しています。『紀子の食卓』は一見幸福そうに見える家族だけれど、もう空洞化してしまって立て直しができない状態になっている。でも『希望の国』は幸福だった家族が内側から徐々に崩壊していく余裕もないまま、あっという間に外圧で破壊されてしまう。徐々に空洞化していく不幸せな家族と、幸せだけれどもあっという間に壊されてしまう家族、いったいどっちが幸福でしょうかということなんです。
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