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仲の良かった友達同士で起業、いつしかいがみ合う関係に…

会社はこうして潰れていく…ある元ベンチャー起業家の告白

 サイゾー新ニュースサイト「Business Journal」の中から、ユーザーの反響の大きかった記事をピックアップしてお届けしちゃいます!

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会社はこうして潰れていく…ある元ベンチャー起業家の告白 – Business Journal(9月27日)

「Thinkstock」より

 昨年12月、社長の村上太一氏が史上最年少で東証マザーズ上場を果たしたリブセンス。10月には、東証一部へ市場変更することになり、東証一部でも最年少社長の記録をつくることが話題になっている。

 今や、会社設立は資本金1円でも可能となり、起業すること自体は敷居が低くなった。しかし、起業した会社の10年後の生存率はわずか5%といわれる今日、最も難しいのは会社を存続させること。リブセンス成功の裏には、倒産した企業が無数にあるのが現実だ。

 そこで今回、20代でベンチャーを起業したものの、数年前、解散に追いやられたA氏に、

「ゼロから起業し、ベンチャーを運営していくということの難しさ」
「会社は、どのように壊れていくのか?」

について語ってもらった。

――会社を立ち上げたきっかけは?

A氏 大学生の頃、広告の仕事をしたいと漠然と考えていましたが、卒業後にたまたま小さな広告会社に契約社員として入社しました。何年か働いて、ノウハウも吸収したので、フリーランスとして独立しようと考えていたとき、大学の同級生だったBと「会社をつくろう」という話になりまして、Bが社長になって2人で立ち上げました。私自身は自発的ではなく、軽い気持ちでしたね。ただ、後でわかったのですが、実はBには込み入った事情があったんです。

――どんな事情ですか?

A氏 Bの知り合いの税理士で、かなりブラックな感じの人がいまして(笑)。脱税を目的に、一回お金をプールしておくための受け皿として、その税理士にそそのかされてBは会社をつくらないといけなくなったみたいでした。B本人にあまり自覚はなかったようですが……。

――会社の設立資金は、どのくらいかかりましたか?

A氏 資本金は、現在は1円でもつくれるので、登記申請や定款作成などのために司法書士に払う数十万円程度で済みました。

何も知らなくても会社をつくれる?

――ゼロから会社をつくるためには、どういうことが必要になりますか?

A氏 税金や会社法のこととか知ってないといけないのですが、ホント軽い気持ちで起業したので、細かいことはよくわかっていなかったですね。決算とかも、基本的には前出のBの知り合いである税理士に任せていて、まったくノータッチでした。

――起業直後、生活できるくらいの給料は得られましたか?

A氏 設立当初は、友人の友人を紹介してもらうなどツテを頼って、小さい仕事はすでに持っていましたが、ギリギリで結構厳しかったです。給料が出ないときもあって、最初の1〜2カ月間は、空いた時間で出会い系サイトのサクラのバイトとかしてましたね。
 
 半年くらいして、ある会社に営業をかけたところ、うまいこといき、その後は定期的に仕事をもらっていました。徐々に軌道に乗って、最終的に1年目で1000万円くらいの売り上げがありました。給料は少なくて、手取りで月額20万円ちょっとくらいでした。

――2年目の売り上げと給料は?

A氏 売り上げは3000万円くらいに増えましたが、この頃も給料は30万円くらいに抑えていました。というのも、設立して半年間の厳しい印象が二人とも強くあったので、堅実にやっていましたね。

――当時の仕事ぶりは?

A氏 とにかく働きっぱなしで休みはなく、一日23時間くらい会社にいましたね(笑)。同時にお金はどんどんたまっていきました。二人ともお金には無頓着で、特に将来のビジョンなども考えておらず、目の前の仕事をこなすだけで、たまったお金をどうするか考えていませんでした。決算では、税金を取られないように、前出の税理士が、ほぼ利益が出ないよう処理していたことを、後から知りました。

――具体的には、どのような処理でしょうか?

A氏 架空の請求書をつくって、経費として税理士の知り合いの会社に振り込んだりとか……。今思えば完全にアウトなことをやっていましたね。当時は、私は完全に任せていたのでまったく知らず、税理士が処理していたので問題ないと思っていました。

ある人物の入社から、徐々に歯車が…

――その後は、どのような感じになっていきますか?

A氏 せこせこ小さい会社から受ける仕事ばかりやっていても未来はないと感じ始めていました。そこで、以前から仕事上で付き合いのあったCを社員として雇いました。というのも、Cは営業寄りのクリエイターで、僕らにはない人脈もいろいろ持っていたので、面白くなりそうだなと。C本人も、フリーの仕事に限界を感じていたらしく、僕らの会社が景気がいいのを見て、「オレ、入るわと」(笑)。

――Cの仕事ぶりはどうでしたか?

A氏 期待していたような、新規の仕事を取ってくるといったことに関しては、全然ダメでしたね。Cの性格は、世渡り上手でずる賢く、サボリ屋、私利私欲でコンプレックスの塊で、人に嫌われるタイプ。Cが入ったあと、何人か社員を雇い、5人体制で仕事をしていました。

――その頃の会社の売り上げは、どれくらいでしたか?

A氏 売り上げは年間7000万円くらいありましたが、給料は変わらず定額でした。ただ、だんだんと、私とCは、社長のBに対して物足りなさを感じてきました。というのも、広告会社は徹夜が当たり前ですが、Bは定時で帰れるような“普通の会社”を望んでいました。一方、私とCは、そろそろ次のステップが必要じゃないかと思っていました。

 とはいえ、そういったマネジメントに関する話が、まったくなかったですね。今思えば、将来の経営について、きちんと3人で話し合いをするべきでした。そもそもBは仕事が雑で、私は尻拭いばかりしていました。

 一方、CはCで会社の実権を掌握したがっていて、社長のBを見下していました。Cは途中で取締役になったのですが、Bに「株をよこせ」とか言い初めました。こうして、お互いに溝が徐々に深まってきた感じです。

仲の良かった経営陣

――その頃は、お互いに会話はなかったのですか?

A氏 業務的なことはよく話していました。もともと3人はすごく仲が良くて、飲みにいったりとかもしてましたし、あのころが一番幸せだったな……。

――それが、だんだんお互いの間の溝が深まってきたと。

A氏 ええ。その後、一時期社員を増やし、資金がショートギリギリになってしまった時があったのですが、それでも社長であるBは、資金繰りなど特にしていませんでした。さすがにまずいとなって、私が一部の社員をやめさせたりしましたが、その頃から誰が実権を握っているかわからなくなりました。私とCは徒党を組む感じで、社長のBと対立的な雰囲気になりました。とはいえ、私も完全にCのことを信用はしていませんでしたが。

 象徴的な事件として、ある年の決算前に、例の税理士が、海外の会社に、ウチの利益をいったん預けるという話をBから聞いたのです。Cは「そういうことはすべきじゃない」とBに訴えました。Bは、それまでの厳しい経験も踏まえて、「現金がなくなったときに備えてだ」と言い張り、Cの意見を受け入れませんでした。

 そんなこんなで1カ月くらい、毎日ドンパチしてましたね。話はいつも平行線でした。BとCの対立構造は深まるばかりでしたが、自分は仕事にも追われていたので、調整役に徹していました。

社長の辞任

――その後は、どういう方向になっていったのですか?

A氏 当然、雰囲気はよくなく、みんなモンモンとしてました。Cが結構大きい仕事を取ってきたときも、Bは「やる必要がない」と拒否したりして、またドンパチしてましたね。経営のみならず、業務としても方向性がズレてきていましたね。Bは全部を抱え込んで悩んでいた感じでした。

 それである日、Bが私と2人きりのとき、「オレ、会社辞めるわ」と。

――それを聞いて、引き留めたんですか?

A氏 気持ちは半々でしたね。Bとは友人で、そこからスタートしたわけですが、一方でBが会社の成長を止めているのは許せないという気持ちもありました。そもそもBは、友人関係とビジネスを分けられないタイプで、私はまったく逆。そうして割り切っている私を見て、Bは「仕事をしているときのAは嫌いだよ」と。大学時代のように腹を割って話をしているBを見て、心を揺さぶられましたが……。ただ、もう一緒に仕事はしたくないと思いました。

――Bさんが辞めるということを聞いて、Cさんはどう思ったんでしょうか?

A氏 Cにとっては、願ったかなったりの状況になったわけですよね。Cは私に「Aが社長になるのは当たり前だよ」と言いまして、実際、その手続きを進めていました。ですが、私も特に会社のビジョンを持っていたわけではなかったし、経営的なセンスもないのはわかっていたので、躊躇はしていました。

 そこで、残っていた社員2人に「Cに社長をやってもらおうかとも考えているんだ」と話したところ、2人は「それなら私たちも辞めます」と口を揃えて言ったので、どうしようかなと。

 そんな時、まずは新しい税理士を雇ったのですが、帳簿や決算書を見せたら、「これ、ヤバいですね」と……。

 私は、もうそんな会社を引き継ぎたくないし、Cとは一緒に続けていけない気持ちもあったので、それなら別々の道に分かれて、会社を解散しようと決めました。Cにもそれを伝え、了解をもらいました。

同情してくれるクライアント

――解散と決めてから、どうしたのですか?

A氏 まず、それまでのクライアントに事情を説明していきました。一部のクライアントからは、「突然すぎるよ」と怒られましたが、「ウチへ来ないか」と誘ってくれる人もいたり、おおむね皆さん同情してくれました。

――解散すると、退職金みたいなものは得られたのですか?

A氏 いえ、何も。数年間がむしゃらに働いてきて、結局これかと……。でもそれ以上に、当時はとにかく早くこのゴタゴタから解放されたいという思いが強かったですね。

――起業したことを後悔していますか?

A氏 いきなり会社を立ち上げたことは、間違っていたかもしれません。起業前はBやCとも仲が良かったですが、実際に仕事をしてみると、いろいろ見えてきました。結局、私とBとCとは、お互いに認め合うことができなかった、最悪の関係でしたね(笑)。

――起業と解散という経験を通じて、ベンチャー起業で成功するためには、何が大切だと思いますか?

A氏 社員全員が、「何に幸せを感じるのか」という人生観を共有できないと難しいかもしれません。また、成功しているベンチャーは、ワンマン社長で、「この人についていきたい」と思わせる人なんですよね。

 会社といっても、結局、人と人だなと思います。トップの人柄次第かなと。それと、私は社員の多様性を認めたいと思っていましたが、それは社員が10〜20人になったときの話で、数人規模の状態でそれを求めるのは、少し早すぎたかなと思いましたね。
(構成=編集部)

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最終更新:2017/07/26 15:00
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