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日刊サイゾー トップ  > 『ガレキ』対談 丸山×萱野
本当に受け入れて欲しいモノは何だったのか?

『ガレキ』──日本を席巻した200日の瓦礫問題が投げかけた震災後の「当事者性」【前編】

 東日本大震災の津波によって発生した大量の瓦礫は、福島第一原発の事故で流出した放射性物質を帯びているとされ、その後の瓦礫広域処理に際して大きな波紋を呼んだ。今年5月、北九州市で震災瓦礫搬入に際して受け入れ反対派が行なった抗議活動も記憶に新しい。

 その後メディアの注目が大飯原発の再稼働問題へと移行したこともあり、広域処理問題への関心は後方に追いやられた。しかし、世間の関心が小さくなることに比例して問題そのものが小さくなったことを意味しない。

 この現状に瓦礫広域処理問題への注目を再び促し、議論の材料とするために上梓されたのが丸山佑介著『ガレキ』(ワニブックス刊)である。同書には宮城県の村井知事、陸前高田の戸羽市長をはじめとする各地の首長、東松島市の臨時職員や元原発作業員など、被災地に今も暮らす人々を含めた、多くの当事者へのインタビューや現地ルポが収められている。

 瓦礫広域処理問題が我々に投げかけたものは何だったのか。本書を契機としてあらためて議論すべきこととは何か。著者の丸山氏と津田塾大学准教授の萱野稔人氏の対談を軸にして、本書の意義と瓦礫広域処理問題であらわになった課題を聞いた。

■「震災がやってくる」

丸山佑介(以下、丸山) 昨年11月に東京都の石原慎太郎知事が瓦礫の受け入れに反対する声に対して、「放射能のガンガン出ているものを持ってくるわけじゃない。『黙れ』っていえばいい」と発言してから、今年5月に北九州市で起きた受け入れ反対の抗議騒動までがおおよそ200日間でした。その北九州市での騒動と前後して生じた、大飯原発再稼働に関する議論が活発になると、瓦礫広域処理の問題は収束してしまったかのようになった。本書『ガレキ』ではこの約200日間の現象を「ガレキ問題」として捉えているんですが、この時期の現象が今ではあまり顧みられなくなっているんですね。

萱野稔人(以下、萱野) 大飯原発再稼働の問題が生じてから、瓦礫の問題が後景に退いてしまって、ぷっつり瓦礫の話題がなくなってしまったという印象はありましたね。そもそもこの震災瓦礫の問題とは何であるのかという検証もされていないままで、そのための呼びかけがなされなければならない。本書はその役割を担う、第一級の材料になるのかなと思います。当事者の意見が集められているというのは本当に大きい。

丸山 単純な瓦礫受け入れの推進や反対を促したいのではなく、震災瓦礫の問題を議論するための記録にこの本がなればと考えています。瓦礫に対して異常にヒステリックになっていた、あの状況って何だったんだろうというのは国民全体の中に少なからずあると思う。

萱野 昨年9月に愛知県の花火大会で福島産の花火が使用されることに苦情が来て打ち上げが中止になったり、京都五山送り火に使用する予定だった陸前高田市の薪が受け入れ中止になったりと、こうした事態の前兆はありました。それら受け入れ問題の、いわば本丸が瓦礫広域処理です。これは関東以西に居住する人たちにとっては、初めて「東日本大震災がやってくる」という状況であったとも言えます。つまり、揺れなどの被害を直接受けなかった人々が、この震災において初めて当事者になりうる事態になった。

丸山 「震災がやってくる」という感覚はその通りですね。対岸の火事ならば落ち着いていられるのに、自分たちのこととなるとこんなに右往左往してしまう。被災地でインタビューをしていて印象に残ったのは、これまで全国の人々は支援してくれていたのに、瓦礫広域処理の問題となると途端に、反対運動をしている人たちの罵声が自分たちに直接突き刺さったと。反対派が「けがれている」として拒絶するその瓦礫の、すぐ横に被災地の人々は住んでいるわけですから。

萱野 そうした声は被災地そのものに対する否定の言葉になってしまいますよね。いざ当事者になってしまうと自分のことしか見えなくなってしまって、自身の言葉が被災地への否定となっていることに考えが及ばない。

丸山 受け入れに関して意見が分かれるのは当然だとしても、声を上げる際に、そこに配慮した言い方というのはあるはずじゃないか。そんな思いも、この本を書いた動機としてはあります。

萱野 福島から他地域に避難した子供がその地域の学校でいじめられたという話もありましたが、被災地の人々は県外に行けば自分たちがそうした扱いを受ける存在になってしまったのだと感じるわけですよね。いわれのない差別が生じていて、福島の女子高生たちが、私たちはもう福島の人としか結婚できないよねという話をしていたりする。県外に出た人たちや震災瓦礫がそうした扱いを受けることで、被災地に暮らす人々は被災地全体が否定されたと、当然受け取ってしまう。そのことに思い至らないくらいパニックになってしまう人が多く出るような事態になった。

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