行き詰まった人生の扉を開く鍵は“銭湯”にあり? 内田けんじ監督のオリジナル作『鍵泥棒のメソッド』
#映画 #パンドラ映画館
なって自殺を考える。劇団出身の堺にとって、
他人事とは思えなかったそうだ。
銭湯には場違いなダークスーツを着た男・コンドウ(香川照之)の職業は、裏社会の仕事人。ヤクザたちに頼まれ、借金などの問題を抱える人物を次々と消していく汚れ仕事の専門家だ。ひと仕事を終えたコンドウは穢れた自分の体を清めるために銭湯に立ち寄った。ところが洗い場でコンドウは足を滑らせて頭をしたたかに打ち、意識を失うという大失態。この様子を見ていた桜井は姑息にもコンドウの着ていたスーツ、財布類を頂戴して走り去る。何という低レベルな犯罪! 桜井はコンドウの持っていた財布の中の札束を失敬して、劇団時代の仲間に借りていた借金を返してまわる。犯罪者のくせに律儀なヤツ。一方、病院に運ばれたコンドウは記憶喪失と診断され、違和感を覚えつつも桜井の着ていたジーンズとトレーナーを着て、桜井のゴミ箱同然の部屋で生活を始める。岩井俊二監督の『花とアリス』(04)のような記憶喪失をネタにしたドタバタ展開だが、この大ボラを成立させているのが香川照之の力技。6月に市川中車として46歳での歌舞伎デビューを果たした香川だが、銭湯シーンでは狂言の「釣り狐」ばりの大跳躍にすっぽんぽんで挑んでみせた。香川が思い切ってカブクことによって、本作は喜劇として発進する。
ジャッキー・チェン主演の『ツイン・ドラゴン』(92)やジョン・ウー監督の『フェイス/オフ』(97)しかり、お互いの人生を入れ替えることで相手の生き様が浮き彫りになるのがこの手のドラマの妙味。役者としてはまったくのビギナーであるコンドウだが、エキストラとして参加したVシネの撮影現場で独特の凄みを発揮する。記憶はないものの、これまで裏社会で培ってきた態度や仕草が悪役を演じると滲みでる。タイトルの由来となっているスタニスラフスキーの演技メソッドをコンドウは図らずも実践することに。また仕事に関しては前準備をしっかりする性格なので、演技理論を学び、脚本も丁寧に読み込む。コンドウに入れ替わってからの役者・桜井の評判は上々だ。さらに病院で知り合った女性編集者の香苗(広末涼子)は、記憶喪失ながら前向きに役者稼業に取り組むコンドウにほだされていく。ここまで見ていると、桜井がダメだったのは才能や環境のせいではなかったことが判明する。仕事への取り組み方が甘く、何よりもプロとして大人として“腹が括れてない”ことがいちばんの問題点であることが分かってくる。
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