苦役列車はどこへゆく!? 東スポ1面を飾った芥川賞作家・西村賢太の次なる狙いとは
#本
彼が書くのは、実際に自分の身に起こった事件を描く「私小説」。田山花袋や志賀直哉、田中英光など、日本の文学界では伝統的に書かれてきた手法だ。『苦役列車』も、西村が実際に経験した日雇い労働の現場が元に描かれている。江戸言葉のような古風な文体を持ち、20世紀前半に活躍した小説家・藤澤清造に私淑する西村。そのキャラクターとは裏腹に、彼ほどしっかりと日本文学の伝統に根ざしている小説家は多くはないだろう。
本書では、この私小説という文学の伝統的なフィールドで、彼が目指している方向も語られている。
「作品それぞれが連絡をとりあってつながるようにもしちゃっているんですよ。卑怯なやり方かもしれないんですが、そこが僕の唯一の強みでもあるかなと(中略)いわゆる連作とは違う形で無造作にやりながらも、終わってみたら大きな世界になっていたという私小説というのはまだないような気がするんです」
西村自身「超大河小説」と名付けるこの計画の成功は、本人も認めている「まだ書けていないこと」を書ける日が来るかによって決まるだろう。
「そろそろ自分の痛いところをついても揺るがないだけの土台はできたかなと思ってるんでこれを一つのステップとして、自分にとって本当に痛いところを徐々に書いていこうと思っています。逮捕された親父のこととか」
小学校5年生の時、父が性犯罪で逮捕された経験は、西村という人物を形成するにあたって大きな影を落としている。自らの体験を作品に売り渡す私小説というジャンルで書き続ける限り、西村の“苦役”が終わることはない。
(文=萩原雄太[かもめマシーン])
●にしむら・けんた
1967年、東京都江戸川生まれ。中卒。2007年、『暗渠の宿』(新潮社)で野間文芸新人賞を、2011年『苦役列車』(同)で芥川賞を受賞。著書に『どうで死ぬ身の一踊り』(講談社)、『小銭をかぞえる』(文藝春秋)などがある。
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