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永山薫の『コミック怪読流』第9回

どっこい生きてる“マンガ界の最終兵器”~卯月妙子『人間仮免中』~

 先述したが、以前の卯月作品には、捨て身のテンションがあった。露悪的で露出的で毒入りキケンだった。自暴自棄に破滅の坂道を転げ落ちる痛快さがあった。もちろん、それはそれで良かったのだ。俺ら、業の深い読者というケダモノは、狂った作家、暴れ者の作家、壊れた作家のタガの外れた作品が大好物なのだ。なので、当時の卯月妙子の凄味を懐かしむ人もいるだろう。だが、あれから10年以上。年を取れば取った分、人間は変わっていく。いいとか悪いとかではなく変わっていく。細胞だって全部入れ替わっている。変わらないヤツ、変わらないフリをしているヤツのほうが何倍もヤバイ。

 残酷な結果論かもしれないが、吾妻ひでおがアルコール依存症になって失踪した結果、傑作『失踪日記』(イースト・プレス)が生まれ、花輪和一が銃刀法違反で投獄された結果、これまた傑作『刑務所の中』(青林工芸舎)が生まれたように、歩道橋バンジーが『人間仮免中』という漫画史に残る、あるいは暗黒漫画史に輝く傑作を生んだということもできるだろう。地獄に堕ちたからこそ描ける作品もまたあるのだ。もちろん、生還できなかったケースも多い。そして、彼らが地獄から掴んできた宝石を、俺を含めた読者たちは数時間で消費する。ヒデェ話だ。

 とはいえ、卯月妙子の凄絶な人生は、少なくとも彼女自身にとっては凄絶でもなんでもなく成り行きである。どんな人間だってそれぞれ特殊で、それぞれがパーソナルな成り行きで現在に至る。

 で、その成り行きの果てに子どもみたいな絵を描く彼女がいる。この絵は彼女が新たに獲得した絵なのだ。

 本書で描かれる卯月妙子の姿は、子どものように素直で無邪気だ。衒(てら)いも、イイ格好も、ワルぶりも、プライドも全部脱ぎ捨てて、ヒトとしてのスタートラインに戻った。

 ならば、完全に保護される子どものままで、周囲の愛情と援助に支えられて生きるのもありだろう。帯文に

「生きてるだけで最高だ!」

 とあるように、人間なんてモノは生きてるだけで充分なのだ。生還できただけで幸せではないか。

 だが、卯月妙子はどうしても漫画を捨てられなかった。

 彼女は本書の「あとがき」にこう書いている。

「歩道橋から飛び降りて、顔を壊しましたし、片目の視力も失いましたが、この一件で、人の愛情のなんたるかを、思い知りました。

 自分の、奇天烈な顔を見たとき、この一連の出来事を、漫画にしたいと思いました。漫画家の、業です」
(文=永山薫)

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