どっこい生きてる“マンガ界の最終兵器”~卯月妙子『人間仮免中』~
#本 #マンガ #コミック #コミック怪読流 #永山薫
マンガ評論家・永山薫のコミックレビュー。連載第9回は卯月妙子の『人間仮免中』です!
卯月妙子の10余年ぶりの描き下ろし新刊『人間仮免中』(イースト・プレス)を読んで俺は思わず、「なんじゃこりゃ~~!?」と、ぶっ飛んでしまった。あまりの絵の崩れっぷりに驚愕したのである。
もともと、卯月は粗いタッチで自らのハイテンション&ハイパッションを紙面に叩き付けてきた。漫画絵と劇画表現が融合した作風であり、そこにはやけっぱちの開き直りとしたたかな自己プロデュースが読み取れた。
それが、である。本書の絵はまるで子どもが見よう見まねで描いた『ちびまる子ちゃん』ではないか。線はヘロヘロで、デッサンは崩れ、どう見たって左手で描いたような絵なのだ。
卯月妙子に何が起こったのだろうか?
と、白々しく疑問形で書いたけど、このコラムを読んでいるような人はすでにご存じだろう。なんせ、本書が上梓されるやTwitterでは膨大な発言があり、毎日、新刊をチェックしている俺が、ちょいと遅れてアマゾンでポチッた時にはすでに2刷目になっていた。すでにアチコチで話題になっている。版元のイースト・プレスとしては、“してやったり”だろう(ついでに、俺の『エロマンガスタディーズ』も増刷してほしいものである)。
とはいうものの、卯月妙子といわれても、彼女が漫画を描けなくなって10年余り。罪障の深い漫画読みのおっさんおばはんや、若いくせに妙に昔のことに詳しいサブカルな若造を除いた若い世代には初めて聞く名前かもしれない。
卯月妙子は元ホステスで、元ストリッパーで、元AV女優で、舞台女優で、あやうく元漫画家になりかけた。
AV女優っていっても、動くヌードグラビア+疑似セックス付きとか、そういうアレではない。V&Rプランニングというマニアックなメーカーの、いわゆる「企画物」だ。そこで卯月妙子は単なる本番じゃなくって、食糞もゲロもミミズもオーライな女優さんだったわけだ。残念ながら、俺がAVライターをやっていたのは彼女のデビュー前だったので、現役当時の彼女のAVは見ていない。しかし、V&Rのエログロナンセンス&アナーキーなAVはそれなりに見ているので想像はつく。俺がAV評やってた当時の作品は、ハッキリ言ってひどかった。
余談だが「ビデオTHEワールド」誌(コアマガジン)で、同社社長である安達かおる監督作品に「田舎へ帰って田んぼでも耕してろ」と罵声を浴びせ、後に「東京出身だから田舎なんかないよ」と切り返されたのは俺だ。今なら炎上必至ですな。でも、俺は全然反省していない。V&Rが名作、問題作を連発し、多くの才能を育てたことは、いまさら言うまでもないが、それはまた別の話である。
で、卯月の代表作が『ウンゲロミミズ』(監督/井口昇)。タイトルだけでクラッと来る。ネット配信があるので現在でも視聴可能。見たいヤツは、気合いを入れて見るがいい。
彼女が水商売やエロ産業に足を突っ込んだのは、夫の会社が倒産したためだが、彼女の稼いだ大金を、精神病が悪化した夫はロクでもない企画に右から左に使い果たした挙げ句、「逝ってきまーす」と投身自殺。その顛末は本書にも描かれている。詳しく知りたい人は『実録企画物』『新家族計画』(全2巻/太田出版)を参照。いずれも電子書籍化されているので待たずに読めるぞ。後者はフィクションだが、卯月の体験がベースになっている。
さて、本書に話を戻そう。
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