年間自殺者数3万人を越える現代社会への提言 自殺対策の現状を追った『希望のシグナル』
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悩みを誰かに打ち明けたからといって、すぐに問題が解決するわけではない。「でも」と袴田さんは言う。「悩みを人に話している間だけ、背負っている荷物を降ろして、ひと息つくことができるんです」と説明する。週1回のコーヒーサロンを利用する人数は、そう多いわけではない。しかし、利用者数が多いか少ないかは関係ないらしい。自分の話を誰かが聞いてくれる場所がある、そのことが大切なのだ。人口4000人の藤里町は秋田県内でも有数の自殺率が高い町だったが、袴田さんたちの取り組み以降、自殺者数は減少へと向かっているそうだ。
8億円の借金を抱えた体験をもとに、自営
業者たちの生活再建の手助けをしている。
秋田県で自殺予防に取り組む、もう一人の中心人物と言えるのが佐藤久男さん。秋田市でNPO法人「蜘蛛の糸」を立ち上げ、自営業者とその家族の自殺防止に努めている。佐藤さんはかつて秋田で有数の凄腕社長として知られていた。だが、バブルの終焉と共に会社は倒産し、8億円もの借金が残った。残務整理中は気が張っていて大丈夫だったが、整理が終わった途端に鬱になり、自殺願望に取り憑かれた。それまで社長夫人として家事以外のことはしたことのなかった妻の英子さんが一念発起して学生相手の下宿を始め、佐藤さんを支えた。佐藤さんは、このときの体験を活かして「会社の倒産や借金くらいで死ぬことはない」と多重債務や経営難に苦しむ人たちの相談にのっている。佐藤さんは精神科医でも専門のカウンセラーでもない。「しろうとでも、人間と人間が向き合うことでできることがあるのではないか」と手探りで活動を続けている。事務所を兼ねていた自宅に掛かってきた電話を英子さんが取ったところ、受話器の相手は「お陰で命拾いしました」と感謝の気持ちを伝えたそうだ。人を助けることで、佐藤さん夫婦もまた救われている。
自殺の抱える問題に、遺族側が身内から自殺者が出たことを外部に向けて話したがらないという一面がある。外部の人間も、なぜ自殺してしまったのか立ち入って聞くことを憚ってしまう。自殺の原因がはっきりせず、遺族も周囲の人々もいつまでも浄化されないままの問題を抱え込むことになる。仙台で暮らす田中幸子さんは自死遺族の自助グループ「藍の会」の代表。田中さんは警察官だった息子を自殺で失い、「人を殺して、自分も死のう」と自殺未遂を重ねた。いろんな会に参加したり、あらゆる本を読んだりしたが、救われることはなかった。同じように身内を自殺で亡くした遺族たちはどんな悩みを抱えているのか。田中さんは遺族の会が仙台にあればいいと思った。袴田さんがパネラーとして出席した自殺予防のための集会が仙台で開かれた際に、田中さんは「自分は死にたい。仙台に会はつくられないのか」と訴えたが、その悲痛な声は「まだ、その準備はできていない」という事務的な対応で遮られてしまった。そのとき、「いつでも連絡ください」と言葉を掛けたのが袴田さんだった。その後、袴田さんとのやりとりに励まされた田中さんは、自助グループを独力で立ち上げた。遺族の声を自殺対策に反映させることが自殺を減らすことに繋がると田中さんは考えている。
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