自由社会に順応できない“脱北者”の過酷な現状 無垢なる季節との決別『ムサン日記 白い犬』
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パク監督は、こう語っている。「僕は彼のことをモデルにした短編で評価を得て、イ・チャンドン監督に出会え、『ムサン日記』でたくさんの賞をもらいました。まるで、彼の死を引き換えに成功を手にした気分がして、罪悪感を抱いていたんです」。スンチョルは生前、パク監督宛てに一通の手紙を書き残していた。その手紙には、こう書かれていたという。「先輩の長編を観ないで先に逝くことを許してください。僕らが作ろうとしていた映画を撮ってくれることを信じています」と。『ムサン日記』の主人公スンチョルにとって犬のペックがそうであるように、パク監督にとっては友人チョン・スンチョルこそがイノセントさの象徴だった。
ない楽しみは日曜日に教会へ行くこと。聖歌
隊にいる美女スギョン(カン・ウンジン)が
お目当てだ。
パク監督にとって、『ムサン日記』は単なる長編デビュー作ではない。亡くなった友人を生きながらえさせる拡張現実なのだ。モデルとなった友人チョン・スンチョルはもうこの世にいないが、劇中のスンチョルはタフに生き続ける。しかも、北朝鮮の頃には考えられなかったような、ネオンのきらめく夜の街でハッピーライフを謳歌することになる。ただし、映画の世界とはいえ、スンチョルが生きながらえるためには、何らかの代償が必要となる。『ムサン日記』のラスト、スンチョルは唯一無二の親友との別れを余儀なくされる。だが、『ムサン日記』は汚れのないイノセントさとの決別を描いた、悲劇的ストーリーではない。生きていく上での、痛みを伴う覚悟の物語なのだ。
幸せになろうと思う。そう決めて前へ進もうとすると、ふと誰かが肩を叩く。その感触は懐かしく、とても温かい。でも、振り返ることは決して許されない。
(文=長野辰次)
『ムサン日記 白い犬』
制作・脚本・監督/パク・ジョンボム 出演/パク・ジョンボム、チン・ヨンウク、カウ・ウンジン、ペック
配給/スターサンズ 5月12日より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー公開中 <http://musan-nikki.com>
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